ヒーローの兄、救世主の彼氏

そして高校の授業を受けて「難しい」と思った時に、兄のすごさを知った。兄は商業的な試験をどんどん受け、合格していた。学校の中でもダントツの成績をキープする兄は誇らしくもあった。

兄への見る目が徐々に変わっていったある夜、何年かぶりに兄が部屋に来た。

「授業大丈夫か?これわかりやすいからよく読めよ。わからなかったら言ってこいよ。あとお前、ちゃんと飯食えよ」

こう言うと、自分が使っていた参考書やノートと、少し高いペンを合格祝いとして渡してくれたのだ。参考書には資格取得の要点が細かく、きれいな字で書かれていた。兄は、私が母から殴られている事も、食べてないことにも気付いていた。あまりに突然の優しさに嬉しすぎて、ペンは箱に飾ったまま使えなかった。この日から、兄は私にとって憧れの先輩でヒーローの存在となった。

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また、高校には色んな学校から生徒が来たので、それなりに友達もできたし、サッカー部に入っているボーイフレンドもできた。
同じバンドのファンだということをきっかけに仲良くなり、お昼を一緒に食べたりしていた。母がお弁当を作ってくれなかった私は、学食で一緒にランチできるだけで幸せだった。

テスト期間はその子のおうちでお昼をご馳走になり、一緒に勉強した。私がいいな、素敵だなと思うことを覚えておいてくれる。嫌なことを尊重してくれる。例えば「お前」と言われるのが嫌だと伝えると言わなくなった。そんな風に私の意思を大切にされたことがなかったから、「つき合う」ってこんな素敵なことなんだと思った。

私は一応バスケ部に籍を置いていた。体育館を半分に割った隣のコートで、幼馴染たちがバレーをしている。当然バレー部のメンバーは私にあまりいい顔はしてくれなかった。デートやバイトもしたかったが、門限は17時。なぜなら課せられた家事をしなくてはならないからだ。部活の後にアルバイトをすることは無理だった。

冬に差し掛かる朝、母には部活で遅くなると言って、時々デートをするようになった。デートと言っても、缶のミルクティーとマーブルポッキーを買って公園のベンチでしゃべるだけのこと。家の近くだと、又近所の人に会い、母の耳に入るかもしれないから、学校と反対側、家を超えたさらに遠くの公園でおしゃべりをした。

束の間の幸せだった。母にデートしているところを見つかるまでは。

数時間、缶のミルクティーを飲みながらおしゃべりするだけで幸せだった Photo by iStock

◇高校の合格発表の日に、母の望む部活に入らないからという理由で暴力をふるわれた若林さん。しかしそれから1年以内に、顔が歪むような暴力を受けることとなってしまった。詳しくは後編「瓶詰め入りの買い物袋で顔を…高1の私の顔が歪むほど母に殴られた日の話」にてお伝えする。