「嫌なだけの奴」だと観ているほうもつらい

――『彼女がその名を知らない鳥たち』(‘17)では、妻を異常なまでに溺愛する夫役を、『マザー MOTHER』(’20)では、ロクに働かずに恋人の子どもを虐待する男役を演じました。そして今回の殺人犯役。一筋縄ではいかない役が多い阿部さんですが、演じるうえでの心構えみたいなものはあるのでしょうか。

『死刑にいたる病』より

阿部:難しい役は役について考えないことが多いです。スッと入るようにしているといいますか。特にこの役については深く考え続けていたら自分が壊れてしまいます。「嫌な人の役」を演じるときには、息抜きをするようにはしています。

――「嫌な奴」の一方で、どの作品にも時折人間らしさが垣間見えるシーンもありました。何か意識していることはあるのでしょうか。

阿部:特にありませんが、「お客さんに好かれたい」という気持ちがどこかに出ているのかもしれないですね。自分がその作品を観るお客さんでもいたいという気持ちもあります。本当に「嫌なだけの奴」だと映画を観ているほうもつらくなると思うんですね。そこは少し隙間を作ったほうがいいのではないかと。

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生まれた時から悪い人はいない

――「異常な人間関係の中で起きた」とされる実在の犯罪でも、当事者たちにとっては特殊なことではないのかもしれません。後から「~だから~だった」と周囲が意味付けしているというか。阿部さんは様々な役を演じて来ましたが、演じるうちに役の気持ちを理解するようになったことはありましたか?

阿部:今作で言うと、やはり生い立ちの影響は大きいのだろうと感じます。生まれた時から悪いことを考えている人はいないのではないでしょうか。生い立ち一つで人は変わってしまうといいますか。それが引き継がれてしまうことも多いですよね。大和の親もそうで、その親もそうで……と負の連鎖が生まれてしまうようなこともあるとは感じますね。

『死刑にいたる病』より

――ちなみに、阿部さんは自由なお子さんだったのでしょうか。

阿部:あまり怒られたこともなく、比較的普通の家庭で普通に育ちました。なので、逆に常にルールみたいなものを打ち破りたいという気持ちがあったりもしました(笑)

――そういう意味で、“表現の仕事”は既存の見方やルールを打ち破ることが仕事のようなところもありますよね。

阿部: そうですね、この仕事をしていて良かったと思うのは、日常の生活ではできないことができるところです。「こんなところで大声で話したりしないでしょう」という場所で、いきなり大声で話したりしますよね。日常からかけ離れたことができるのが、気持ちいいのかもしれません。

そして、日常からかけ離れたものをお客さんに観てもらうことで、お客さんにも自由な気持ちになってもらえたら嬉しいと思っています。