2022.05.30

「マンガは林業」…ベテラン編集者がウェブトゥーン業界に伝えたいこと 武者正昭×江上英樹

ウェブトゥーンが現在ほど注目される前から、マンガ業界で長く経験を積んだあとでウェブトゥーンに携わっていた編集者がいる。

小学館で少年マンガ、少女マンガ、青年マンガ、マンガアプリなどを渡り歩き、『うしおととら』などを立ち上げたことで知られ、2018年5月から2021年末までcomicoの編集長を務め、現在はクラッパーズ社にてウェブトゥーン事業を準備中の武者正昭氏。

同じく小学館にて「ビッグコミックスピリッツ」編集部を経て2003年に「月刊コミックIKKI」を創刊して2014年の休刊まで編集長を務め、2016年から韓国のウェブトゥーンスタジオYLABに編集者として加わり、YLAB JAPAN代表に就任して東村アキコ『偽装不倫』などの国産ウェブトゥーンを編集、同社解散後は自身の会社「部活」で松本大洋『東京ヒゴロ』などの話題作を手がける江上英樹氏。

日本のマンガ業界とウェブトゥーンを両方経験したふたりに、マンガとウェブトゥーンは何が違うのか、日本発のウェブトゥーン隆盛のための課題は何かについて訊いた。

<【前編】ベテランマンガ編集者が、ウェブトゥーンに(縦読みマンガ)の世界に飛び込んだワケ 江上英樹×武者正昭>に引き続き、対談の内容をお届けする。

[PHOTO]iStock
 

マンガは林業。時間がかかる

――2013年に日本のマンガアプリの歴史が始まり、様々なIT企業がマンガに新規参入したものの、8年経ったら結局オリジナル作品で一番ヒットを出しているのは集英社の「ジャンプ+」です。オリジナルマンガを生み出す体制づくりには10年単位で時間がかかるわけで、もともとマンガ編集部を持っていたマンガ出版社の方が強かった。ただIT企業や投資家が編集部が育つまで待てるかどうかがウェブトゥーンへの無数の新規参入では問題ですよね。

武者 マンガは農業というより林業ですよ。春に種を撒いて秋に収穫みたいなペースじゃない。5年、10年は平気でかかります。日本の大手出版社の社長は商売のことももちろん考えるけれども「文化を作っている」という感覚があって、短期的に結果を求めるという発想は薄い。そこがマンガと相性が良かった。

江上 マンガは時間がかかってもダメなこともいっぱいあるんですよ。効率で考えたらとてもできない(笑)。幸いにして、ウェブトゥーンスタジオYLAB創業者のユン・インワンさんはもともと日本のマンガ業界にいた人だから時間がかかることはわかっていて、僕がYLABでいっしょにやっていた時も急かす感じはなかったですけどね。

結局、comicoが始まって8年近く経つけど、日本発のウェブトゥーンはそこまで成功していない。韓国発信のもののほうが売れている。だから、まだまだかかりますよ。

――ジャンプ+ですら今みたいにバズやヒットを量産するようになるまで6、7年かかっているわけで、いわんやマンガ自体に新規参入するなら……と。

江上 いくら「得意なところをそれぞれ分業する」と言っても、そもそも今の日本ではヨコマンガに比べてウェブトゥーン作家が遥かに少ないわけで、見つけて育てるところからやらないといけないですから。

武者 ただ、今流行っているものをよくつかんで、セオリーを踏まえて基本に忠実に作ってすぐ結果を出しているソラジマスタジオみたいなところもありますね。「10年に1回、起死回生のヒットが出る」じゃあなかなか参入できないですから。ソラジマはもともとYouTubeアニメの会社だったけど、ツボを心得ている。その代わり、作品に驚きはない。そこは同じ物事の表裏ですね。

紙の雑誌で描いてきたマンガ家が本気で参入していないから、日本ではジャンルとしての変化・発展の速度が遅い、心に踏み込んでくる作品が出てきていないという気もします。

江上 YLAB JAPANでもベテラン作家によるウェブトゥーンを実現できたのは東村さんくらいでしたし、『偽装不倫』にしたってヨコマンガをタテに並べるやり方で、「新しい表現をやってみよう」というチャレンジともまだ違いましたからね。僕は若い作家だけでなく、ベテランともタテでやってみたいとずっと思っているんですよ。今は「絶対ウェブトゥーンなんかやらない」と言っているマンガ家も、ふっと「あ、これは絶対にタテ向きだ!」というアイデアが思いついたらやっちゃうのが作家ですしね。

僕と旧知のマンガ編集者が「ウェブトゥーン版の『童夢』を作りたい」と言っていて、僕も同じ気持ちなんです。じゃあどうやるの? というところが難しいんだけど。

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