2022.05.21
# 就活

「没個性」と叩かれる黒のリクルートスーツ、かつては「流行の最先端」だった…!

多様化し、収れんする就活ファッション
難波 功士 プロフィール

一方1975~76年のテレビドラマ「俺たちの旅」では、修学院大学4年生の津村浩介(中村雅俊)と中谷隆夫(田中健)が、いったんは紺やグレーのスーツの袖に腕を通しますが、結局は仲間たちと何でも屋を起業することになります。このドラマでも、まだまだ学生服姿での就職活動を見かけます。

また、1977年10月20日号『週刊文春』の記事「就職戦争スタート――東京海上火災のいちばん長い日」によれば、当時の就職協定による解禁日(10月1日)には早朝より社屋の前に列ができ始め、「開門時の8時半には、約三百人の学生が東京海上ビルのまわりを取りまいた」が、「圧倒的に多かった紺のスーツ、靴の先までおろしたて」であり、スナップ写真中のある学生は、背中にしつけ糸を残したままだったりもします。紺スーツの行列が秋の風物詩としてニュース等でとりあげられる時代でした。

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新聞記事を見ても、1979年8月28日付読売新聞「学生の会社訪問スーツは「コンチネンタル」が主流」には「色はやはり、紺系統が中心で、茶系統はファッション性を重視する会社向きとか」とあり、1981年8月30日付朝日新聞「「無難の証明」今年も紺無地」には伊勢丹新宿店の「売り上げも、紺が九割。しかもアメリカンスタイルの、保守的な紺スーツの売れ行きが伸びている」とあります。

また、この頃から会社訪問スーツといった呼び方に替わって、「リクルートスーツ」「リクルートファッション」という語が出現し始めます。

そして、山田太一脚本のドラマ「ふぞろいの林檎たち」(1983年)の最終回は、採用面接の待合室にて濃紺のスーツの岩田健一(時任三郎)、グレーのスーツの西寺実(柳沢慎吾)、紺のスーツの胸元に赤い羽根をつけた仲手川良雄(中井貴一)が、それぞれ名前を呼ばれ起立するシーンで終わっています。

そういえば1983年秋、私も教育実習のために買った紺スーツで就職活動をしていました。このころはまだ、黒いスーツは珍しい部類だったと言えます。

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