競わされる相手がいなかった
日本の新聞記者の大多数はこうしたサツ回りの洗礼を受け、そこで勝ち上がった記者が本社の政治部や社会部へ栄転していく。敗れた記者たちもサツ回り時代に埋め込まれた「特ダネへの欲求」や「抜かれの恐怖」のDNAをいつまでも抱え続ける。
純朴で真面目なY記者は日々、明らかに憔悴していった。
私は違った。つくばには他社を含め新人記者は私しかいない。警察本部もない。つくば中央警察署(現・つくば警察署)に取材に訪れる記者は私だけだった。競わされる相手がいなかったのだ。末端の警察官まで私を歓迎してくれた。

しかもメインの取材先は警察ではなかった。私は科学以外のすべてを一人で担う立場にあった。つくば市など茨城県南部の読者に向けて地域に密着した話題(いわゆる「街ダネ」)を県版に毎日写真入りで伝えることを期待された。カメラをぶら下げ、市井の人々と会い、日常のこぼれ話を来る日も来る日も記事にした。
27年間の新聞記者人生でこの時ほど原稿を書いた日々はない。当時はフィルム時代だった。つくば支局にはカラー現像機がなかった。私は毎日、白黒フィルムで撮影し、暗室にこもって写真を焼いた。
この記者生活は楽しかった。私は新人にして野放しだった。夜討ち朝駆けはほとんどしなかった。毎朝目覚めると「今日はどこへ行こうか」「誰と会おうか」「何を書こうか」と考えた。私は自由だった。毎日が新鮮だった。
この野放図な新人時代は、私の新聞記者像に絶大な影響を与えることになる。
次回は「政治取材の裏側〜小渕恵三首相の沈黙の10秒」。
登場人物すべて実名の内部告発ノンフィクション『朝日新聞政治部』は5月27日発売(現在予約受付中)。先行公開では紹介しきれない「朝日新聞崩壊の全内幕」 が赤裸々に綴られています。
第一章 新聞記者とは? 1994―1998
第二章 政治部で見た権力の裏側 1999―2004
第三章 調査報道への挑戦 2005―2007
第四章 政権交代と東日本大震災 2008―2011
第五章 躍進する特別報道部 2012―2013
第六章 「吉田調書」で間違えたこと 2014
第七章 終わりのはじまり 2015―
終章
第二章 政治部で見た権力の裏側 1999―2004
第三章 調査報道への挑戦 2005―2007
第四章 政権交代と東日本大震災 2008―2011
第五章 躍進する特別報道部 2012―2013
第六章 「吉田調書」で間違えたこと 2014
第七章 終わりのはじまり 2015―
終章