2022.05.31

日本刀の美しさをAIは理解できるのか?

AIと匠の技の融合から生まれた日本刀

武器として誕生した日本刀。戦国の時代から時を経て、現在では美術工芸品として世界中の人々を魅了しています。

でもなぜ、日本刀は美しいのか。美しい日本刀とそうでない日本刀、違いはどこにあるのか。言葉で表現することは難しいように思える日本刀の「美」。これを精密工学の知見とAI技術によって、科学的に可視化する試みが進んでいます。

研究の一環で制作された新作日本刀(※)は、AI技術を活用した設計を元に刀匠(とうしょう:日本刀を作る職人)が打ったもので、展覧会にも出展され話題になりました。

日本刀の「美」を解明するために、どんな分析をしたのか。AIと匠の技の融合から生まれた日本刀はどう評価されたのか。金沢工業大学工学部機械工学科精密工学研究室の畝田道雄教授にお話を聞きました。

※新作日本刀…現代刀作家が手がけ、新しく作刀された日本刀のこと。公益財団法人日本刀文化振興協会によって、新作日本刀証明証が発行されている。

一筋縄ではいかない日本刀の美しさ

——AIで日本刀を設計されたと聞いて興味津々です。どうして日本刀の研究をすることにしたのでしょうか?

10年以上前の話ですが、ある方の紹介で日本刀の展覧会に行く機会がありました。知識もなく、一人で見てもわからないので、説明してくれる方を紹介してほしいとお願いしたところ全日本刀匠会の会長が直々に説明くださることになりまして。

——会長直々に!

刀を見ながらいろいろとご説明いただきました。大変熱心にご説明いただいたのですが、申し訳ないことに素人の自分にはほとんどわからなくて。この経験が日本刀の研究をはじめるきっかけになりました。

——日本刀の良さとは何かを知りたいと思われたのでしょうか?

日本刀の何が評価されて力強いと言われるのか。または美しいと称されるのか。科学的に評価できれば、日本刀への理解を深めることができるのではないか。科学的に説明できれば、ほかの皆さんにも共有できますし、そうすれば多くの人が日本刀の世界を楽しめるようになると考えました。

私は昔から「温故知新」という言葉が好きです。大学で教えているのは機械工学ですが、日本の歴史や伝統文化も大事にしています。日本刀は、学生に「温故知新への誘いとその大切さ」を知ってもらうにも適した題材だと思いました。

——実際のところ、日本刀の良し悪しはどうやって見分けるのでしょうか?

毎年、日本刀の展覧会が開催され、審査員によって優劣評価がつけられます。その評価の根拠となる講評文があるのですが、独特な表現がなされており一般の人が見てもすぐには理解できない難解さがあります。姿(形状)、刃文(はもん…刀身に現れる白い波のような模様)、地鉄(じがね…鉄の模様)、いろんな要素の組み合わせなので、数学のように問いと答えが1対1にならないところが面白さでもあり、日本刀の魅力を難解にしている点でもあります。

——先生がAIを活用して設計した刀が、展覧会で入賞されたとのことですが。

これまで二振り作刀して、二振り目がAIを活用したものになります。2021年に出展して、展覧会では金賞相当をいただきました。

画像提供:畝田道雄教授

——金賞ですか!

上位から、経済産業大臣賞、日本刀文化振興協会会長賞、長野県知事賞と続きます。その後、金賞第一席、第二席、第三席となっていますから、実質三等賞くらいですね。ちなみに一振り目は2018年につくったのですが、そのときはもっと後ろの入賞相当でした。

——金賞ではなく、金賞相当というのは?

刀匠一人につき一つの作品しか出せないルールがあります。我々は日本刀の設計はしましたが、実際につくるのは刀匠や刀剣研師にご協力いただいています。刀匠はご自身の作品も出品されますから、正規の作品とは別枠(特別出品)という位置付けで、金賞相当となっています。

美しさだけを求めては、美しい日本刀にたどり着けない

——それにしても金賞相当とは、AIのチカラはすごいですね!

いきなり成果を得たというわけではなく、一歩ずつ進んできた結果ですね。

——最初からAIを活用したわけではないということでしたが、日本刀の美しさを明らかにするために、何をされてきたのでしょうか?

まずどのような形が美しいとされるのかを知るために、日本刀を測定する方法をつくることから始めました。私の専門は、精密工学です。普段から、”ものづくり”にとって必要不可欠な技術である「精密加工」や「精密計測」に取り組んでいます。

日本刀は光沢があるので、3次元形状を上手に測定するのが難しい。鏡をカメラで撮ろうとすると鏡にカメラが写ってしまうんですよ。そういった難しいものも計測できるようにしようという試みでした。完璧ではありませんが、なんとか日本刀を正確に測る技術をつくり、そこから日本刀の美しさを分析していきました。その成果は2015年に「ステレオ方式デジタル画像相関法による日本刀の3次元アーカイブの試み」という論文として日本実験力学会誌に発表しています。

画像提供:畝田道雄教授

——先生がもとからされていた精密計測の研究が、刀という難しい物体の測定を可能にしたということなんですね。ところで、美しさの基準は、人によって違うと思いますが、そこはどう設定されたのですか。

日本刀を測る技術をつくったあと、「感性評価による日本刀の美しさに関する研究」という論文を精密工学会誌に発表しました。日本刀の審査員、刀匠さんたちの主観、感性を可視化する研究です。それぞれが何を大切にしながら日本刀をつくっているのか、日本刀、なかでも現代刀の美しさとは何かというディスカッションを、刀匠さんたちとさせていただきました。

——精密工学と感性のふたつの側面から日本刀の美しさを明らかにしようとされたんですね。刀匠さんたちとのディスカッションのなかで、どのような気づきや発見があったのでしょう?

私の考察ではありますが、若手から中堅、熟練となるにしたがって、感性の項目が変化していくなど、多少見えてきたことがあります。一番の気づきだったのは、刀匠さんは美しい日本刀をつくろうとしているのだと思っていましたが、それは違ったということです。

——美しさを目的とはしていなかった?

はい、もともと刀は美術品ではなく武器です。直刀だったものが、馬に乗って片手で戦うスタイルに変わり、操作性や衝撃耐性の観点から湾刀に変化していったと考えられます。このように力学的考察も加味すると、刀匠たちは美しい日本刀をつくることが目的ではなく、時代に合った刀を創ってきたと理解できてきました。美しい刀になるのは結果論としてなんですね。美しさだけを追い求めることとは違う、と大きな気づきになりました。

——美しさだけを追求することとは違う。なかなか哲学的ですね。

哲学的なのが面白いですよね。日本刀に対する知識がない方からすると難解になっている理由の一つかもしれません。私も知識がない方に入りますから、難解を解読する試みを進めている、ということですね。

——見る人に知識があるかないかで、作品に対する評価が全く変わってしまうんですね。

学生に対してある実験を行ったんです。一等賞を受賞した日本刀と、成績が良くなかった日本刀、合計5振りの写真を見せて「どれがいいと思いますか?」とアンケートを取りました。もちろん、どれが一等賞の日本刀なのかは知らせていません。結果どうなったのか。一等賞の日本刀は人気がなく、実際の順位とは異なるものが支持されたんです。ここからも、玄人が見るポイントと素人が見るポイント全然違うことがわかります。

——なぜ、ずれが起こったのでしょうか?

日本刀の刃文(はもん)を分析してみました。日本刀は、形はどれもそれほど大きく変わらないので、このときは、刃文が一つの評価ポイントではないかと思ったんです。日本刀の画像から、明るさと暗さの分布を画像処理で解析して、刃文の周波数分布や細かさ・粗さを解析した結果、我々一般人にとって人気になりそうな分布を持った刃文がある、というのがわかりました。そこに素人と玄人の差が現れたのかもしれません。

——この段階で一振り目をつくられたのですよね。

そうです。受賞した日本刀を測定し、そこから加重平均法といって、それぞれの優劣評価を受けた日本刀を重みづけしていきました。評価の高いほうが重くなります。そこから全体平均を取り、つくったのが最初の日本刀です。先ほどお話しした通り、展覧会での順位は辛うじて入賞と満足いく出来栄えではありませんでした。

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