2022.06.04

哲学者・千葉雅也が語る、「哲学・思想」と「自己啓発・ライフハック」の意外な関係

千葉 雅也 プロフィール

千葉 僕が大学でやっている授業のモデルも、やはり塾です。エンターテイニングなしゃべり方というか、ある種の市場原理にさらされている人たちのトークがベースにあると思いますね。学校の授業を聞いてもわからないけれど、塾の先生に教わったら「なんだ、そんな単純な話だったのか」と理解できた経験って、よく聞くじゃないですか。塾講師は、たとえ話や適度な省略がうまいから、内容がわかりやすい。実際に、予備校での授業の語り口調をそのまま書き起こした「実況中継シリーズ」という参考書に似ているという感想もありました。

とりわけ塾らしさが強く出ているのは、実際にデリダやドゥルーズのテクストを読み解いてみる「付録 現代思想の読み方」の章ですよね。

そういえば、執筆中は気づかなかったけれど、あの「付録」は、自分でも無意識のうちに清水義範の『国語入試問題必勝法』を下敷きにしていたのかもしれない。中学生の頃に清水義範のファンで、『蕎麦ときしめん』なんかも読んでいたのですが、『国語入試問題必勝法』は、氾濫する「国語入試問題の解き方のテクニック」を皮肉りながらおもしろおかしく紹介するパスティーシュ的な作品です。

 

――「付録 現代思想の読み方」の章は、「細かいところは飛ばす」「最後まで読まなくてもいい」といったテクニックが紹介され、たしかに入試問題を解くときのテクニックやマニュアルにも似た雰囲気があります。しかし哲学のテクスト読解も現代文も、ことのほかマニュアル化を嫌がる人が多い印象がありますが…。

千葉 ネットには「大学のゼミ後の飲み会でしか聞けないような裏話」みたいな感想もありましたね。

学問的権威というものを護持したい人は多いだろうから、マニュアル的なことは言いたがらないのかもしれません。でも、あえて言えば、マニュアル的なアプローチによって「厳かなテクストの権威が傷ついてしまう」と考えているのだとすれば、それは逆に権威というものをナメていると思うんですよ。ちょっとマニュアル的に読んだ程度では、デリダのテクストの権威なんて傷つきません。

デリダをサンドバックに見立てて立ち向かっていっても、そんなことではびくともしないので、あれくらいの裏技を書いても問題ないのです。逆に言えば、それだけ文化的権威というものはしっかり存在しているんだという信念が、僕にはあるわけです。

関連記事