2022.06.04

哲学者・千葉雅也が語る、「哲学・思想」と「自己啓発・ライフハック」の意外な関係

千葉 雅也 プロフィール

現代思想を「使い倒す」

――マニュアル的な読み方とも少し関わりますが、『現代思想入門』に「自己啓発」や「ライフハック」といった言葉がたびたび出てくるのも印象的でした。一般的に「自己啓発」や「ライフハック」は、思想や哲学とは相性が悪いイメージがありますが、この点はどのようにお考えでしょうか?

千葉 「自己啓発」という言葉によって、内容を受け止めやすくなる人もいると思うんです。学んだことを実生活に何らかのかたちで役立てたいと思っている人は多いですから。「自己啓発」や「ライフハック」という言葉に抵抗感を持つ人が多いことも承知のうえで、あえて使っています。

そういうものを哲学と混ぜるのは「厳かなものを汚しているようで許しがたい」と言われることもあるけれど、ハッキリ言って僕はそういう意見はどうでもいい。「どう生きるか」という泥にまみれるような問いに向き合って思想を考えるということが、思想を真剣に研究することだと思っていますから。

 

大切な高級品を使わずにとっておいたり、あるいは使った後にいちいち箱にしまったりする人がいますよね。でもそうではなくて、良いものならキチンと使い倒さないとダメなんです。「良いものを使う」って、そういうことでしょう。

哲学や思想といった知も同じです。人それぞれ、生活上のいろいろな取り組みや気の持ちようについて悩んでいるわけです。たとえば、僕は森田療法という日本独特の心理療法に関心を持っていますが、その始祖である森田正馬は「気分に左右されるのではなく、事実に基づいて事実本位で生きなさい」と言っています。ここには心理の専門家としての洞察があると同時に、ライフハックとも言える世俗的な実践性がある。フロイトの精神分析だって、複雑な大理論としてではなく、生活のディテールを浮かび上がらせてくれる照明装置みたいなものとして学ぶべきなのです。

言ってみれば、精神分析だってライフハックなんですよ。つまり僕は「ライフハック」という言葉を「精神分析」くらい重い意味で使っていて、決して浅薄なものではないということです。僕は神経症的なところが強いという実感がありますが、ライフハックについての本が神経症的な部分の解消に役立つこともありますし、だからこそ、自己治癒のためのライフハックを考えている。それは実体験として痛感しているんです。

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