2016年、オートファジーの仕組みを解明した功績により、大隅良典氏がノベール生理学・医学賞を受賞した。
同じく2016年の厚生労働省の調査によると、日本人の平均寿命と健康寿命の差は、男性で約9年、女性で約12年。多くの日本人は、人生の最期の10年をエンジョイすることなく、平均寿命を迎えるのだ。平均寿命と健康寿命に乖離があるほど、医療費や介護費が増大する。国の財政が圧迫される。平均寿命と健康寿命の差をいかに小さくするか。これは、個の問題でもあり、公の問題でもある。
最新の研究により、オートファジーが老化や加齢性疾患、生活習慣病などと関係があることが明らかになってきている。オートファジーのメカニズムを応用した薬剤やサプリメントの研究開発も、今まさに行われている。
オートファジーとは何か。オートファジーで健康寿命が延びるのか。『生命を守るしくみ オートファジー——老化、寿命、病気を左右する精巧なメカニズム』(講談社)を上梓した吉森保氏(大阪大学大学院生命機能研究科教授、医学系研究科教授、大阪大学栄誉教授)に話を聞いた。
※今回のインタビュー、本記事末尾で動画へご案内しています。
オートファジーとは
——本書のテーマである「オートファジー」とはどのようなものなのでしょうか。
吉森保氏(以下、吉森):オートファジーは、細胞のリサイクルシステムのようなものです。細胞の中にパックマンのようなものがあらわれて、細胞内の物質をパクっと取り込んで、分解工場に運んでいく。細胞内の分解工場に運ばれた物質は、分解されて新しい物質にリサイクルされる。そういう一連の過程がオートファジーです。
オートファジーの主要機能として、「栄養源の確保」「細胞成分の代謝回転」「有害物の隔離除去」の3つが挙げられます。
1つ目の栄養源の確保は、細胞内の成分を分解して、生存に必要な栄養源を作り出す機能です。この機能は細胞が飢餓状態に陥ったときに活発になります。哺乳類の赤ちゃんは、生まれた瞬間からへその緒からの栄養補給がなくなります。にもかかわらず、母乳を自力で吸えるようになるまでの間、命をつなぐことができる。これは、オートファジーにより栄養を確保しているためだと考えられます。
2つ目の細胞成分の代謝回転は、日々、私たちの身体の中で起こっている現象です。細胞の中身(部品)を分解して、新しい部品を作る。そうやって細胞を常に新しい状態に保つ。細胞内の代謝回転が止まると、細胞はどんどん古くなってうまく機能しなくなります。

これまで説明した2つの機能は、いずれも「細胞内の物質」の分解です。それに対し、オートファジーの3つ目の機能である有害物質の隔離除去のターゲットには、「外部から入ってきた細菌やウイルス」も含まれます。オートファジーは、新しい免疫システムとしても注目されています。
——吉森先生は、2000年にLC3というタンパク質が哺乳類のオートファジーに関わっていることを発表されました。発見に至るまでの経緯や発見されたときのお気持ちなどをお聞かせいただけますか。
吉森:1960年代から、オートファジーという現象自体は知られていました。問題は、電子顕微鏡でないと観察ができない、という点でした。電子顕微鏡で細胞を観察しようとすると、細胞を固定して真空にしなければならない。生きた状態でオートファジー現象を観察することができない。私たちは、LC3に蛍光タンパク質を連結させました。これにより、光るLC3をマーカーとして、蛍光顕微鏡を用いて、細胞が生きている状態でオートファジー現象を観察できるようになりました。
顕微鏡をのぞくと、LC3が光ってオートファゴソーム(細胞質にある物質を閉じ込めた球状の袋。最初に述べたパックマンのようなもののこと)が細胞の中でバーッと生成されていく様子が見える。とても感動的でした。「見えた」ということが、とても嬉しかったです。
LC3をマーカーにしてオートファゴソームを可視化する、という技術で特許を取ることもできたと思います。ただ、当時は特許を取るという知恵もありませんでした。とにかくオートファジー分野を世界中の研究者と一緒に前に進めていきたい、という気持ちが非常に強かった。そこで、世界中の研究者に、LC3を提供しました。もちろん、無償です。
世界中の研究者が、LC3をマーカーにしてオートファジー現象を蛍光顕微鏡で観察できるようになりました。オートファジー研究の発展に寄与できた、ということが、とても嬉しいです。