戦争と米国の存在感の時代こそ日本は「のび太+ドラえもん」で行こう

言いなりではない独立国家の処世とは

日本はいつ「独立」したのか?

「白い悪魔」とも呼ばれた、欧米列強の植民地に対する仕打ちは本当にひどいものであった。米国のかつてのおぞましい黒人奴隷制度は現在では厳しく非難されるが、「人間未満の扱い」をするという点において、白人の植民地支配もほぼ同じであったといえよう。

by Gettyimages

その結果、植民地化された多数の「非欧米国家」に深い傷跡を残したのである。

しかしながら、幸いにも日本は幕末の混乱期に「危機」があったもののそれを乗り切り、アジアでも希有な、植民地化されたことが無い国となった。日本は欧米の策略に乗らず、大規模な内乱によって国家が分裂しなかったおかげで、植民地化されなかったのかもしれない。

しかしながら、1945年の第2次世界大戦での敗北の後、日本に再び危機が訪れた。米国による日本占領は、1945年9月2日に米戦艦ミズーリ号上で行われた降伏調印式から、サンフランシスコ講和条約が発効する1952年4月28日まで、6年8ヵ月もの間続いたのである。

この時の日本は、「植民地」ではなかったが米国に支配された「属国」であり、「独立国」とは到底言えない状態であった。

第2次世界大戦後、ゼロ戦の圧倒的戦力に苦しんだ米国は、日本の航空機の研究・設計・製造を全面禁止した。さらに、戦前の航空機資料は全て没収され、機体は一部が米軍をはじめとする連合軍に接収された他は、すべて破棄された。

それ以外にも、米国は日本の重工業(特に航空産業)を徹底的に破壊して農業国にした上で、米国に歯向かえないようにするつもりであったようだ。しかし、1950年に勃発した朝鮮戦争によってその方針が覆った。迫りくる共産主義勢力に対抗するため、日本を「反共の砦」として活用する必要が生じたのだ。

 

つまり、日本が晴れて「独立」出来たのは、「朝鮮戦争」という「神風」によるところが大きい。もしそうでなければ、貧しい農業国として米国の「本当の意味での属国」のままであったかもしれないのだ。

ただし、第2次世界大戦の最後において、日本は天皇陛下の玉音放送によって敗戦を受け入れた。主戦派のゲリラが「徹底抗戦」を主張することも無く、内乱とならず国民が一致団結したことが、占領軍との交渉の上で大いに優位に働いたおかげで日本が「独立」したともいえる。

関連記事