室町時代から、650年の長きにわたり一度の断絶もなく上演され続けてきた日本の伝統芸能・“能”。能楽師の安田登さんは、能が長く続いた理由の一つは、「初心」にあると考えています。世阿弥が伝える「初心」とは、「それを始めた時の初々しい気持ちを忘れない」という意味ではなく、「折あるごとに古い自己を断ち切り、新たな自己として生まれ変わること」だと。安田さんはこうも言います。「能には、“いまのわたし”を作るために捨ててきてしまった様々な過去を鎮魂する力がある」――。かつて、安田さんの著書に救われたことがあるという俳優・石橋静河さんと一緒に、日本人が無意識に感応している“ほんものの美”について、世阿弥が芸に求め続けた“花”(=変化)の大切さについて思いを馳せました。

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安田登(やすだ· のぼる)
能楽師。1956年生まれ。千葉県出身。高校の国語教師だった24歳の時に能と出会う。下掛宝生流ワキ方の能楽師として活躍する傍ら、甲骨文字、シュメール語、論語、聖書、短歌、俳句など、古今東西の“身体知”を駆使して、様々な活動を行う。著書に『あわいの力「心の時代」の次を生きる』『三流のすすめ』(ミシマ社)『野の古典』(紀伊國屋書店)『日本人の身体』(ちくま新書)『能 650年続いた仕掛けとは』(新潮新書)など多数。常に「今」を起点とする氏の唯一の目標が「有名にならないこと(笑)」

石橋静河(いしばし·しずか)
俳優。1994年生まれ。東京都出身。15歳から4年間のバレエ留学から帰国後、2015年の舞台「銀河鉄道の夜2015」で俳優デビュー。翌年、NODA·MAPの舞台「逆鱗」に出演。初主演作「映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ」で第60回ブルーリボン賞新人賞を受賞。近年の主な出演作品に、映画「あのこは貴族」、ドラマ「大豆田とわ子と三人の元夫」「東京ラブストーリー」、舞台『未練の幽霊と怪物-「挫波」「敦賀」-』「近松心中物語」などがある。現在放送中の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」では静御前を演じる。

自然と人、男と女、意識と無意識――

自然と人のあわい、人と人のあわいのからだ。「対話」ならぬ、共話とは?

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石橋さんは以前、日本語の曖昧さに苦しめられた時期があったという。

石橋さん(以下敬称略)「10代の頃、プロのバレエダンサーを目指して、アメリカとカナダに4年間留学したんです。その際に、英語で自分の意志を伝えることに慣れてしまったせいか、日本に戻ってから、日本語の曖昧さ……本当に言いたいことを濁さなければならないことや、相手の意図を汲んだ上での当たり障りのない会話のやりとりに慣れなくて。俳優は言葉を操るのが仕事なのに、なんとなく、感情を乗せることに不自由さを感じていました」

能のフォーマットを応用した舞台に取り組むことになったある日、共演者の森山未來さんから一冊の本を手渡された。タイトルは、「日本人の身体」。能楽師の安田登さんが、古今東西の文献や文学を引用して綴った身体論である。それを読んだ石橋さんは、「日本語って、こんなに自由で奔放な言語だったんだ!」と、目から鱗が落ちる思いだった。

石橋「本来、日本人は、自分の内と外や、他人と自分との境目、生者と死者の境目でさえ曖昧で、長い年月をかけて染み付いたその身体性が、言葉にも結びついていると書いてありました。それを読んで、『日本語というのは本来、何かを思って、自分の身体を使って発する“音”のことなんだな』『自分を主張するのではなく、自分と他人、人間と自然などの境目が曖昧になることが、日本語の美しさなのかもしれない』と気づいて。それまで、もどかしさを感じていた日本語の響きを、すごく魅力的に捉えられるようになったんです」

演者:加藤眞悟 撮影:前島吉裕

「羽衣」三保の浦で漁をする漁師・白龍が、春の三保の松原の景色を眺めていると、松に美しい衣が掛かっているのを発見し、持ち帰ろうとする。そこに女が現れ、「それは私の衣です。それがなければ飛ぶこともできず、天上界に帰れないので返してほしい」と言う。白龍が天女に衣を返すと、天女は衣を着て舞い始めた。「衣」は変容のメタファー。舞台上で「物着」と呼ばれる衣装を身につける行為を経て、女はただの美しい女から、天女に変わった。いつしかそこには笙や笛、琴の音も響き渡り、夢幻の世界が広がる。