その話を受け、何か思い出すように
石橋「私は4歳でバレエを始めたんですが、そのころはとても感情の起伏が激しい、こだわりの強い子どもでした。親からも、『静河は、普段、泣いているか笑っているかのどちらか』と言われるほど。でも、バレエに出会って、その強すぎる感情が踊っていると忘れられることに気づいたんです。踊ることで自分が救われた。プロのバレエダンサーになるには、もっと自我を強く持っていないといけなかったので挫折しましたが、日本古来の考え方に触れた時に、“自分が自分が”と一直線に進まなくても、その場その場で、自分なりの咲かせ方があるのかもしれないと思えて。それがすごく嬉しい発見でした」
安田「禅についての本を英語で著した仏教学者の鈴木大拙が、『知識人の多くは、概念や抽象の世界に生きていて、リアリティを怖がる』と書いています。石橋さんはその逆で、リアリティじゃないと満足できない人のようですね。でもそれは逆に言えば、幻視の中にもリアリティを感じることができる人だとも言えるわけで。たとえば、眠っているときに見る夢は、眼球を使わないけれど、はっきりと映像が見える。リアリティは、触れられるものだけではありません。石橋さんの“誠”は、“身体”と“思い”を媒介にして、たくさんのリアリティと出会っていくことなのかもしれませんね」

KEYWORD:武士道
「こうありたい」と願って、明治時代に外国人向けに書かれた書
「誠」によって人が変わるために。安田さんは自著「野の古典」の中で、中国古典の「中庸」から学んだ二つのステップを紹介している。
「まず自分を『誠』に近づける、すなわち自分の本性を完成させることが大切。お茶を淹れるとか掃除をするとか、日々の細々としたことの中から誠を探し、その些事から誠が現れるように心を込めてそれ行いましょう。キーワードは5つ。【1】身体的な学び。それができるようになるまで学ぶ。【2】自分に問いながら調べ尽くす姿勢。【3】周りの意見や気分に左右されず、どっしりと沈思熟考する。【4】正しい枠組みや基準を持つことですっきりと分ける。【5】神に仕えるような気持ちで厳かに行動する。それができるようになったら、次は、「一体化」という方法によって相手に変容を及ぼすことです。誠を極めれば、他者や事物との境界が取り払われ、対象と一体化していきます。それにより、何かを成すことが容易になるのです」
自然と人、人と人、意識と無意識……その間(=あわい)に生きること。今、世界が求める日本の「ほんもの」Authentic「心地よさ」Luxuryの原点は、ここから生まれる調和の美、聖徳太子が使った“わ”。各々違う音を奏でる想像を超えた調和が生まれていく――。
安田登(やすだ· のぼる)
能楽師。1956年生まれ。千葉県出身。高校の国語教師だった24歳の時に能と出会う。下掛宝生流ワキ方の能楽師として活躍する傍ら、甲骨文字、シュメール語、論語、聖書、短歌、俳句など、古今東西の“身体知”を駆使して、様々な活動を行う。著書に『あわいの力「心の時代」の次を生きる』『三流のすすめ』(ミシマ社)『野の古典』(紀伊國屋書店)『日本人の身体』(ちくま新書)『能 650年続いた仕掛けとは』(新潮新書)など多数。常に「今」を起点とする氏の唯一の目標が「有名にならないこと(笑)」
石橋静河(いしばし·しずか)
俳優。1994年生まれ。東京都出身。15歳から4年間のバレエ留学から帰国後、2015年の舞台「銀河鉄道の夜2015」で俳優デビュー。翌年、NODA·MAPの舞台「逆鱗」に出演。初主演作「映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ」で第60回ブルーリボン賞新人賞を受賞。近年の主な出演作品に、映画「あのこは貴族」、ドラマ「大豆田とわ子と三人の元夫」「東京ラブストーリー」、舞台『未練の幽霊と怪物-「挫波」「敦賀」-』「近松心中物語」などがある。現在放送中の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」では静御前を演じる。
●情報は、FRaU2022年5月号発売時点のものです。
※本記事で紹介している商品の価格は一部を除き消費税を含んだ金額です。なお一部の商品については税込価格かどうか不明のものもございますのでご了承ください。
Photographs:Katsuhide Morimoto Styling:Akemi So Hair&Make-up:Yuko Ajika Coordination&Text:Yoko Kikuchi