2022.06.02
# アメリカ

日本人は知らない…「ロー対ウェイド事件判決」変更の動き、その背景にある「憲法解釈」の歴史

女性が妊娠中絶を行う憲法上の権利を認めた、アメリカ合衆国最高裁の「ロー対ウェイド事件判決」(ロー判決)。1973年に下されたこの判決を、このたび最高裁がくつがえす可能性が高まり、アメリカは騒然としている。

発端は、中絶の権利をめぐって最高裁に上告された「ドブス対ジャクソン女性健康協会事件(ドブス事件)」の法廷意見草稿を、何者かが外部に流出させたことだった。

5月2日に「ポリティコ」という雑誌に全文が掲載され、全米に出回った。ロー判決をくつがえすこの草稿の内容が、大きな変更なしで最高裁の最終的な法廷意見として発表されれば、妊娠中絶に関する憲法の解釈が根本的に変更される。

そもそもロー判決とはどんなもので、問題の草稿ではどのような議論がなされているのか。『憲法で読むアメリカ史』(ちくま学芸文庫)『憲法で読むアメリカ現代史』(NTT出版)などの著書がある、慶應義塾大学名誉教授の阿川尚之氏に聞いた。

〔PHOTO〕iStock
 

ロー判決はこうして生まれた

——1973年に下されたロー対ウェイド事件判決、略してロー判決とはどのようなものなのかを教えてください。

阿川 アメリカでは、中絶は殺人であるという認識が広く共有されてきた歴史があり、その認識が州によって変化しはじめた1973年当時でも、30の州で依然として中絶を全面的に禁止する法律が存在していました。テキサス州もそうした州の一つでしたが、同州に住むローという独身の女性が、望まない妊娠を中絶できないことを不服として、当該テキサス州法の違憲無効宣言と適用差止を求めて訴えを提起したものです。

ちなみに、被告ウェイドは州の検察官で、ローというのは女性の実名を隠すための仮名です。

ローによる下級審からの上告申請を認めて本事件を取り上げた最高裁は、判事9人のうち7人がローの主張を認め、中絶選択は女性の憲法上の権利であり、当該州法を違憲無効とする法廷意見を発表しました。

ロー判決が下された頃のアメリカ社会では、ウィメンズリブ(女性解放)運動が盛んでした。彼女たちは、望まぬ妊娠による束縛から逃れる手段として中絶を選択し行うことを犯罪と規定して罰するのは、憲法が保障する女性の基本的権利の侵害であると主張し、訴訟を通じてこの権利を確立しようとしたのです。ローはこうした運動家からの支援を受けて、訴訟を提起しました。

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