2022.06.02
# アメリカ

「ロー対ウェイド事件判決」をくつがえす判決の草稿、そこには何が書かれていたのか?

阿川 尚之 プロフィール

阿川 最後にアリート草稿によれば、ロー判決のいちばんの問題は、それまで各州の議会ごとに審議を尽くして妊娠中絶の禁止や規制の必要性を民主的に決めていたのに、投票で選ばれたわけではない最高裁の9人の判事が、あやふやな憲法の拡大解釈によって全国一律の基準を勝手に定めてしまったことにある。

これは憲法が定める三権の一つである連邦司法府の権限の濫用にほかならない。この結果、各州の住民は、自らの代表を通じて中絶への対処の仕方を決める憲法上の権利を奪われてしまった。すなわち、憲法で連邦が規制するものとして列挙されている個別事項以外は、全て州が対処するという、憲法修正第10条の原則に反する。

この結果、一部の州で平穏に進んでいた中絶禁止や規制を緩和する動きが止められ、中絶問題は全国的な政治問題となり、プロライフ派とプロチョイス派の対立を深めてしまった。ケーシー判決によっても対立は収まらず、長引かせただけである。

したがって、ロー判決とケーシー判決をくつがえし、中絶をどう規制するかの決定権を州に戻すべきである。国民がそれにどう反応するかはわからないが、憲法を忠実に解釈するのが我々の義務である以上、それしか選択肢はない。そう主張しています。

 

6月末〜7月はじめに判決が出る

——この後、どんなことが起きると考えられるでしょうか。

阿川 すでに述べた通り、今回アリート判事の法廷意見草稿が外部に漏れて大騒ぎになったわけですが、それには左右されず、最高裁は今開廷期が終わる6月の末もしくは7月の第1週までに、ドブズ事件の最終的な判決を下すものと予想されます。最高裁の重要な判決は、開廷期最後の1週間から2週間のあいだに下される傾向があります。

一部の報道によれば、6人の保守派判事のうち5人(トマス、アリート、ゴーサッチ、カバノー、バレット)がロー判決をくつがえしてミシシッピ法を合憲とし、3人の進歩派判事(ブライヤー、ソトマヨール、ケーガン)がロー判決の根幹部分を維持してミシシッピ法を違憲とする。

そして近年中道派の立場をとることが多いロバーツ首席判事はロー判決を否定する多数意見に参加しながら、その根幹部分を維持する新しい理論を提示する方向で自分の意見を執筆中だということです。真偽はともかく、6対3もしくは5対4で、ロー判決がくつがえされる可能性は高いでしょう。

通常、政治的影響の大きな事件は、最高裁が判決を下してその内容が明らかになって初めてその是非をめぐる論争が始まります。ロー判決もケーシー判決も、そうでした。

しかし230年の最高裁の歴史上、前代未聞だという法廷意見草稿のリークがあった今回は、判決が下されるはるか前から大騒ぎになっています。ワシントンにある最高裁の建物の前や全米の主要都市で、プロチョイス派の活動家がデモを繰り返しています。もちろんプロライフ派の運動家も、対抗してロー判決否定を支持するデモを行っています。最高裁の前には新たにバリケードが建てられたそうです。

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