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メトロポリタン美術館展へ

東京・六本木の国立新美術館で開催された「メトロポリタン美術館展―西洋絵画の500年」が終了する直前の5月末に足を運んだ。

19世紀の印象派の画家オーギュスト・ルノワールの「海辺にて」を至近距離で観たかったからだ。もちろん、「ヒナギクを持つ少女」も鑑賞した。

筆者は1970年代半ばから80年代前半にかけてニューヨークを訪問する機会が少なくなく、取材の合間を利用して同市内にある美術館、博物館巡りをした。

ニューヨーク近代美術館(MoMA)で印象派のセザンヌ、ゴッホ、ゴーギャン、キュビスムのピカソ、シュルレアリスムのダリやミロ、グッゲンハイム美術館ではシャガールやカンディンスキー、そしてリニューアル前のホイットニー美術館でジャクソン・ポロックを愛でている。平たく言えば、「観光コース」に乗ったのである。

ところが、なぜだかニューヨークのど真中マンハッタン5番街1000番地「Met」の愛称で知られるメトロポリタン美術館と、かのフェルメールの「中断された音楽の稽古」と「士官と笑う娘」が展示されているフリック・コレクションに足を向ける機会が無かった。

photo by iStock

ルノワールに拘ったのには、理由がある。やはり取材で行く機会が多かったワシントンDCのフィリップス・コレクションで観た「舟遊びをする人々の昼食」の印象が強く残っていたからだ。妻アリーヌを含め女性を多く描いたルノワ-ルは、この「…昼食」を1880-81年に描き、「海辺にて」を83年、そして「…少女」を89年に描いている。

 

10年の月日が流れて、描き方がどう変わったのかをこの目で確かめたかったのだ。こう書くと、何か絵画フリークぶりを自賛しているようで嫌なのだが、実際にそうなのだから仕方がない。そんなわけでメトロポリタン美術館展に出向いたのである。

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