新聞がつまらない理由は「客観中立」というウソに逃げ込むから

中島岳志×鮫島浩 『朝日新聞政治部』刊行記念緊急対談(2)

話題の書『朝日新聞政治部』刊行をきっかけに実現した、著者・鮫島浩氏と政治学者・中島岳志氏の緊急対談第2回。
同書では、鮫島氏が朝日新聞の「特別報道部」を率いて、それまでの新聞社にない新しい「調査報道の形」を模索したことが書かれている。その一つの主眼が、「無難な客観報道ではなく、記者個人の主観を出すこと」だった。
それは「客観中立」を是としてきた新聞社の掟を破るものだった。鮫島氏のその挑戦について、中島氏が鋭い質問を浴びせる。(この対談の動画を「鮫島タイムス」で特別公開中)

なぜ新聞には「主語」がないのか

中島 鮫島さんは三度、朝日新聞の特別報道部に身を置いていますが、一度目の経験を活かして、その後に戻った政治部でも調査報道をやろうとしたことを本書で知りました。

鮫島 「考・政党」と「探訪保守」ですね。民主党政権が誕生したとき、それまで温めてきた民主党とのパイプをフル活用する時だと思ったら、野党に転落した自民党のサブキャップに「留任」させられたことも、背景にあります。私は「降格」だと感じて当初は落胆したのですが、むしろ誰も注目していない野党・自民党を担当することは政治報道を変える好機だと思い直しました。

鮫島浩氏 ※対談はオンラインで行われた

鮫島 「探訪保守」は、のちに新聞労連の委員長を務める南彰記者がメインライターで、参院自民党のドン・青木幹雄さんの地元である島根県出雲市を歩き回り、保守王国を足元から検証する「テーマ設定型調査報道」でした。

中島 私はその部分を読んで、学者として大変興味をそそられました。そこでは記事の「主語」が問題にされていたからです。

普通の新聞記事は、たとえ署名があったとしても、その記者個人が「主語」で語ることはありません、でも「探訪保守」では、なぜ書き手がこのテーマにかかわるのか、なぜそこまでこだわるのかをしっかりと読者に提示しました。

なぜ学者として、と言ったかというと、私もずっと、同じ悩みや疑問を抱えてきたからです。

学者も論文や研究発表で、「私」を出してはいけないと必ず言われます。客観的なエビデンスに基づき、科学的に述べるべきだと。

もちろん、そうあるべき分野もあると思いますが、たとえば文系のフィールドワークでは、「なぜ私(学者)はこのテーマを研究したいのか」が、そもそも最初から含み込まれている。そこには明確な「主語」があるのです。

鮫島 さすが中島さんです。実は私は同書の中で、そこをいちばん伝えたかったのかもしれません。

朝日新聞を含めた新聞はよく、「不偏不党」「客観中立」が大切だと言います。でも、本当はそんなことありえない。どの記事を取材するか、どの記事を一面にするか、すべては選択であり、客観中立なはずはないんです。もともとが、新聞社はウソくさいことを堂々掲げてきたのです。

中島 たしかに読者も、朝日新聞に「完全なる中立」を求めているわけではないですよね。

鮫島 そのウソくささを白日の下にさらしたのが、ネットであり情報のデジタル化です。

それまで大手メディアは、あらゆる情報を自分たちが独占して、それを一方的に送り付けていました。

でもデジタル化によって世界中の情報がネット空間に飛び交い、情報の独占なんて誰にもできなくなった。

それでどうなったか。「誰が」伝えているかが、きわめて重要になったわけです。完璧に客観中立な人物なんて存在しません。どのような考えを持ち、どのようなバックグラウンドを持った人物がこの情報を伝えているのかを明示しなければ、信憑性が落ちる時代になったわけです。

関連記事