2022.06.10
# エンタメ

『シン・ウルトラマン』にぬぐいきれない「他人事」感が生まれたワケ

『シン・ゴジラ』との決定的な違い
(※)本記事は、映画『シン・ウルトラマン』のストーリーの核心に触れる部分を含みます。

映画『シン・ウルトラマン』を見て、疑問を持った。そして自身の疑問は、本作の「現実感の希薄さ」に起因するものではないか、と考えた。

現実感の希薄さとは、怪獣やウルトラマンの存在への疑問、すなわち、柳田理科雄氏が『空想科学読本』シリーズの中で提起したような、「このような生物が現実に存在できるのか、否か」といった意味ではもちろんない。

特殊な能力を持った怪獣(本作では「禍威獣」と命名される)、またそれに対峙するウルトラマンのような存在が地球上にあらわれたとして、人間たちが果たしてどのような反応を見せるのか。いうなれば危機に対峙する人間たちの、リアリティの問題である。

映画『シン・ウルトラマン』の公式webサイトより引用映画『シン・ウルトラマン』の公式webサイトより引用
 

結論から言えば、本作における人間たちのありようは、あまりにも「他人事」であり、かつ、戦いそのものにも現実感がともなっていないように感じられた。その内実について、順番に見ていこう。

本作においてやがてウルトラマンであることが判明する、神永新二(斎藤工)とタッグを組む、浅見弘子(長澤まさみ)が登場する一連のシーンである。

禍威獣特設対策室専従班(以下禍特対)のメンバーに任命され、新しい職場に向かう彼女は、電車内や通学/通勤路で多くの人々とすれ違う。当時はすでに、7体の禍威獣が登場した後であり、したがって、浅見のすれ違う老若男女たちは共通の話題として、禍威獣たちのことを自然と口にする。

しかし、その様子は芸能界のゴシップを話すようなどこかよそ事という印象で、親しい人や自分が犠牲になるかも、といった恐怖心や危機意識は感じられない。

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