2022.06.19
# 量子コンピュータ

「物理学は終わった学問」というのは本当か?

「量子コンピュータ」に見る将来性
小林 雅一 プロフィール

量子コンピュータは時代を創れるか

しかし裏を返せば、かつては物理学が産業界の表舞台で主役として大活躍した時代があったということだ。

18~19世紀にかけて欧州で急激な発達を遂げた電磁気学は、米国のサミュエル・モースによる電信機の発明、同じくアレキサンダー・グラハム・ベルによる電話の発明、イタリアのグリエルモ・マルコーニによる無線通信の実験、さらには日米をはじめ各国におけるテレビ受像機の開発など、その後の情報通信社会と大衆メディアの礎を築いた。

また本書でも紹介したように20世紀初頭に生まれた量子力学は、トランジスタや半導体を中心とするエレクトロニクス産業の勃興と発達を促し、便利で豊かな現代社会を築き上げることに大きく貢献したのである。

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これらの時代は、まさしく物理学が産業界の中心にあった。ただ、いつの時代でも、そうした学問における基礎研究の成果が、新たな産業へと結実するまでにはタイムラグ(時間差)が生じる

1920年代後半、スイスの物理学者フェリックス・ブロッホらは量子力学を固体物理学に応用。これによりエネルギーバンド理論を確立して、後のエレクトロニクス産業の礎を築いた。

しかし、このバンド理論が生まれてから、1948年に米ベル研究所でトランジスタが開発されるまでに約20年。さらに、このトランジスタを微細化・集積化した半導体・LSI産業が、日米をはじめ世界で大きく開花する1970には40年以上の歳月を必要とした。

今、地平線の彼方に朧げに浮かび上がってきた量子コンピュータによって、物理学は再び産業界の表舞台へと復活してきたのかもしれない。しかし、繰り返すが、これは人類が過去に発明してきた、あらゆる機械・装置類とは比較にならないほど、複雑難解な理論と常識に反するパラドックスに基づいて実現されねばならない。それまでに一体どれほどの歳月と資金を費やすことになるのだろうか。

夢の超高速計算機は世界の未来を切り開く驚異の発明へと結実するのか、それとも単なる幻に終わるのか?これから私たちはその正体を自らの目で確かめる「歴史の証言者」となるだろう。