中国の統治システムを作ったのは、漢民族ではなくモンゴル系だった

律令制も、「科挙」も、均田制も
宇山 卓栄 プロフィール

「家柄」よりも「実力」が強さの秘訣

隋は中央集権的な官僚制を整備し、律令制を完成させます。三省六部制という行政機関の役割分担とともに、その権限や責任が明確に規定されます。また、これらの官僚制を担う人材を科挙というペーパーテストで選抜しました。それ以前の漢民族王朝では、九品官人法という官吏登用制により、家柄に基づいて人材が登用されており、世襲の貴族政治が横行していました。隋はこうした人事の閉塞を打破するために、試験の結果によってのみ、人材を選抜する公正な制度を発案したのです。

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遊牧民の共通の文化的特徴として挙げられる最大の点が実力主義です。定住生活をしない彼らは敵対部族との接触も頻繁であり、さまざまな状況に流動的に対処しなければならず、能力のある者が指導的な地位に選出されました。能力があれば、異民族でも受け入れて厚遇したのです。

遊牧民の部隊は細かく分けられ、部隊長に現場での権限が振り分けられ、同時に責任も負わせます。刑罰がきわめて厳格に適応されるのも、遊牧民の特徴です。こうした権限と責任の明確化の中で、有能な人材がつねに輩出されていたことが彼らの強さの秘訣でした。遊牧民のこうした実力主義の伝統が漢民族の貴族政治を打ち壊し、科挙に基づく組織主義的な律令国家を形成していく基盤になります。

また、遊牧民は土地に縛られることがないため、農耕民族のように所有権に執着することがありません。一部の人間が独占的に土地を囲い込み、富を蓄積させるようなことはなく、富の配分が均等になされました。

北魏の時代に創始された均田制は隋や唐にも継承されましたが、この均田制に遊牧民の伝統的な特徴を見出すことができます。均田制により、富裕な貴族や豪族が領有していた大土地を取り上げ、民衆に均しく田を配り、民衆のための政策を推進し、一部の者の富の独占や所有権の固定化を許さなかったのです。遊牧民ならではの発想です。この均田制に基づいて、租庸調制、府兵制など唐の律令が固められていきます。

隋や唐を建国した鮮卑族による、これらの社会統治の抜本的転換と律令体制の構築は、その後の中国の歴史を根底から規定するものであり、各王朝の統治体制の基礎となります。これは鮮卑族が築き上げたものであり、漢民族がつくったものではありません。漢民族には、このような高度な統治体制を構築する能力はありませんでした。

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