――映画では<プラン75>が制度化されたきっかけに“ある事件”が起こります。あの事件は2016年の「障害者施設殺傷事件」を想起させます。

早川監督:<プラン75>という政策が、高齢者の思いに寄り添った合理的なシステムのように見えながら、根底にある思想は、冒頭の事件を起こした犯人が言うように「社会の役に立たない人間は生きている価値がない」というものだというメッセージを込めたかったからです。

2000年代半ば以降、生活保護バッシング、そして「生産性がない人間は生きている価値がない」というような政治家や著名人の差別的発言が頻発し、社会の不寛容さが加速していると感じていました。そんなところに、あの障害者施設殺傷事件が起きた。

こういった社会で起こるべくして起こった事件であるような気がして、日本は今後、どんどん弱者を排除していく社会になるのではないかという危機感が募りました。社会に問題提起するための道具としてこの映画を作ったわけではなく、自分の心が強く動いたことを映画で表現したかったんです。

『PLAN 75』より
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国の制度に抗わない日本人

――本作は、世界が直面する長寿社会の課題を描きながらも、日本独特と思える現象も映し出しています。カンヌでは観客からどんな反応がありましたか?

早川監督:「フランスで<プラン75>が起きたら、みんながデモを起こして大変な反対運動が起きると思うけれど、映画内の日本人はすんなりと受け入れている。あの描写はリアルなのか?」と聞かれました。「そう想像したからあの描写にした」と答えたら、「それはフランスにはない日本らしさだね」と驚かれました。

『PLAN 75』より

――確かに映画では、<プラン75>が美談として宣伝されて、高齢者も若者も複雑な思いを抱きながらも粛々と受け入れていきます。制度に不満を抱きながらも抗わない、日本の国民性が表れているように見えました。監督はその背景に何があると思いますか?

早川監督:なにかひとつの答えが簡単に出るものではないと思いますが……子供の頃から「ルールを守りましょう」「人に迷惑をかけてはいけません」ということをすごく教え込まれていて、決まったことに従うことに、私たちが慣れているのも一因だと思います。一方で、自分の考えを主張したり、人と違うことを口にしたりすることには慣れていない。「空気を読む」という言葉がいつの間にかすごく、大きな圧力になっていて、周りを気にして本音を言えない社会になっていると思います。