教団の“ロイヤルファミリー”に生まれたぼくが転職活動を始めてみた

36歳で巨大教団から転職!?(前編)
新興宗教の家に生まれ、中・高・大と宗教系の学校に通い、新卒からずっと宗教法人職員として働く「ぼく」は、36歳にして転職を決意した————。
ライターの正木伸城さんが自身の転職活動を綴ったエッセイ。今回は前編をお届けします。

新卒からずっと「宗教法人職員」だった 

転職について想像をめぐらせてみてほしい。 

人生初の転職活動を始めるとしよう。36歳になろうとする年齢で、だ。そのとき管理職には就いておらず、平社員といっていいポジションにいる。職業は、宗教法人の職員。しかも、新卒以来そこで働きつづけているため、職歴は一社だけ。出身校は、教団のカリスマリーダーが創立した一貫校である。中・高・大の学校名には、教団名を象徴するキーワードがつけられている。なので、履歴書の「学歴・職歴」欄には、そのキーワードがあふれる。また、過去にたずさわってきた仕事を職務経歴書に書き出すと、たとえば「教団教義をわかりやすく解説する文章を書いていました」という表現になる――。 

こんな状況で、いわゆる「ふつうの」企業に転職するとしたら、一体どんな転職活動になるだろうか。果たして成功するだろうか。みなさんは、どう思われるだろう。 

その一歩を踏み出したのが、ぼくである。 

ぼくは、新興宗教の家に生まれた。わが家は祖父の代から信仰の道に入ったので、ぼくは宗教三世にあたる。父は過去、この巨大教団の実質ナンバー2にまでなった大幹部で、教団本部の職員だった。母も、地域でトップクラスの幹部として活動していた。そのため、ぼくの家は宗教的な“ロイヤルファミリー”だとよく言われた。親族一同も大抵が信者で、みなが信仰に熱心である。そんな環境で育ったぼくは、紆余曲折こそあったものの、父と同じく教団の本部職員になった。このことについて、「いかにも大幹部のサラブレッドらしいね」などとしばしば言われたことが忘れられない。

 

教団に違和感をいだき始め、いざ転職へ 

自分でいうのもナンだけれど、当初はぼくも本気で信仰をしていた。使命感を持って信仰活動を実践し、楽しく生きていた。一時は教団教義を講義するような(若手の)全国的な幹部にもなり、少なからぬ信者を指導するリーダーにもなった。 

ところが、宗教法人職員として働くなかで、ぼくは徐々に違和感をいだくようになっていった。教団の文化になじめない。職場環境にキャラクターが合わない。教団の組織上の考え方が受け入れられない。最初は、そんな気持ちにフタをして働きつづけていたが、自分にウソをつくことがだんだんきつくなって耐えられなくなり、最終的には辞めることを決断した。 

転職である。 

手法としては、ごくごくふつうの方法をとったと思う。履歴書・職務経歴書をたずさえて、転職サイトに登録。たくさんの会社にエントリーして、書類選考にのぞんだ。また、転職エージェントにもお願いして、ぼくに合いそうな企業を紹介してもらうことにした。 

――ここで、ちょっと寄り道。 

ぼくはこのとき、じつは転職をすこし楽観的に考えていた。というのも、宗教法人に勤めているとはいえ、法人内では機関紙の新聞記者をしていたし、1万3000冊を超える読書(当時)で得た知識と、多少の英語スキルももっていたからだ。また、学生時代には現・JAXA(宇宙航空研究開発機構)に進むために、数学や物理の知見、それにプログラミングなどのエンジニア的な素養も磨いていた。その自負もあったがゆえに、「それなりに『ふつうの』社会で通用するのでは?」と淡い期待をいだいていたのである。 

ところが、まあ、ことはそうかんたんには運ばなかった。 

というか、かんたんどころか、転職活動は地獄だった。この地獄をまったく想像できなかったあたり、ぼくの感覚は相当に一般世間とかけ離れていたのだ。 

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