2022.06.21
# 円安

「1ドル160円」もあり得る? 「4半世紀ぶりの円安」の“内外の金利格差”よりよっぽど深刻な原因

思い起こされる日本経済の「悪夢」

日本時間の先週水曜日(6月15日)未明、外国為替市場は「1ドル=135円台半ば」と、1998年10月以来の円安・ドル高を記録した。

その原因として、米連邦準備理事会(FRB)がこの日、通常の金利操作の3回分に相当する0.75%の大幅利上げを決めるとの観測が広がり、日米の金利格差が一段と拡大すると見込んだ「円売り・ドル買い」が加速している、との報道が新聞やテレビを賑わせた。

FRBのパウエル議長 photo by getttyimages
 

確かに、日本経済は新型コロナウイルス感染症の危機に伴う減速から抜け出せず、国内総生産(GDP)は依然としてコロナ以前の水準を回復していない。この事態に対応するため、日銀が頑なに金融緩和策を維持しているのは事実である。その結果、内外金利格差が大きく拡大し始めており、このところの円安の引き金になっていることも否定できない。

しかし、ドルに対する円の推移を少し長い目で振り返ると、一時的に円高方向に戻した時期があったものの、2011年10月の戦後最高値(1ドル=75円32銭)を天井に、総じて円安方向で推移してきたこともまた事実なのだ。通貨が「国力の鏡」とされてきたことを勘案すれば、これほど長く続く円安傾向には、目先の内外金利格差の拡大よりもずっと深刻な問題を「円」が抱えていることを想起せずにはいられない。

1998年10月以来、24年ぶり円安・ドル高という事態は、当時を知る人々にとって悪夢を思い起こさせるフレーズだ。1998年秋と言えば、日本経済が待ったなしの深刻な危機に陥った時期にあたるからである。

振り返れば、前年にあたる1997年11月から翌98年10月にかけて、バブル期に巨大なトレーディングセンターの建設で話題を呼んだ証券準大手の三洋証券、大手で潰れるはずがないとみられていた都市銀行の1つだった北海道拓殖銀行、4大証券の一角だった山一証券、中堅の徳陽シティ銀行、そして「銀行の長短分離制度」に守られていた日本長期信用銀行と、大手、中堅の金融機関の破綻劇が相次いだ。

崩壊したバブル経済の処理を先送りしてきたツケが一気に噴き出した形で、「日本売り」が勃発。日経平均株価は当時のバブル崩壊後の安値を更新したのだった。

 
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