没後30年経っても未だに多くの人たちに歌い継がれる数々の名曲を残し、「若者のカリスマ」と呼ばれたシンガーソングライター尾崎豊さん。妻の繁美さんが長年封印していた彼への想いや思い出を語る連載の3回目。

今回は、尾崎豊さんに選ばれ、結婚した尾崎繁美さんとはどんな少女だったのか。また、どうやってふたりは出会ったのか、バブル全盛の80年代の空気感とともに、語っていただきました。

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以下より、繁美さんのお話です。

 

衝撃の風が吹いた出会い

1986年5月、東京六本木の深夜1時。今では六本木といえばアブナイ夜の街という雰囲気ですが、当時は深夜まで華やかに装った男女で混み合い、私にとってその独特なエネルギーは、刺激にあふれたものでした。

現在でも日本を代表する歓楽街の六本木だが、当時は朝までお祭り状態の賑わいを見せていた。photo/iStock

すでに3時間も待ちぼうけさせられていた「イタトマ(イタリアントマト・ファースト)」の店内から、大きなガラス越しに街の様子を眺めていると、目の前でオレンジ色のタクシーが止まるのが見えました。

誰が乗っているのかもわからないのに、大きな力に引き寄せられるかのように視線が外せない……ドアが開き、真っ白のジャケットに黒のパンツ、すらりとした長身の男性が姿を現しました。軽やかな身のこなしで店に入ってきた彼は、全く悪気のない笑顔で「みんな待った?」と大きな声で言った後、なぜか店の奥にいる私の方に向かって歩いてきて、いきなりこう言ったのです。

「君、可愛いね。僕の電話番号教えるから君のも教えてよ。あと名前も。なんて呼べばいいの?」

それが、豊と私の初めての出会いでした。豊が20歳、私が18歳。私の人生に、尾崎豊という衝撃の風が吹きはじめた瞬間でした。

※バブル華やかなりし頃、ディスコに行く前の待ち合わせ場所として賑わっていた六本木の「イタトマ」こと、レストラン「イタリアントマト・ファースト」。芋洗坂の入口にあった。