2022.07.11

韓国ウェブトゥーンの強さの基盤を作ったのは2000年代のDAUM・NAVER戦争だった

日本では2021年からウェブトゥーン制作に多数の会社が参入しているが、韓国から「最近いきなり出てきたもの」と思われているなど、日本では歴史や文脈が間違えて伝わっていっている部分があるという。

『俺だけレベルアップな件』などのウェブトゥーンを制作するREDICEの日本支社長で、『盗掘王』『全知的な読者の視点から』などを制作するエル・セブン創業者(現レッドセブン)のイ・ヒョンソク氏に韓国ウェブトゥーンの歴史を訊いた(全3回のうち第2回)。

※本稿執筆にあたりコミックポップ・エンターテインメントの宣政佑(ソン・ジョンウ)氏に韓国マンガ史に関する情報提供をしていただきました。

RED SEVEN公式サイトより
 

DAUM対NAVER――ポータルサイトの時代

――2002年にDAUMがポータルサイトの中にマンガコーナーを作り、そこからカン・プル氏の『純情漫画』がヒットしたんですよね。「純情漫画」は日本で言う「少女マンガ」のことですが、カン・プル作品は少女マンガというより「純情」を描いた作品でした。日本でも双葉社から『純情物語』というタイトルで2005年に翻訳刊行されています。ドラマ化されて社会現象になった『未生』を描いたマンガ家のユン・テホ氏が2019年4月に来日して韓日コンテンツビジネスフォーラムで講演したときに、自分のような出版マンガ出身の作家にはウェブトゥーンは「絵のクオリティが高くない 」ことと(当時は)「無料で読ませる」ことに抵抗感があって参入をためらってきたが、カン・プルをはじめウェブトゥーンの映像化権が高値で売れて作家が大金持ちになっているのを見て「映像化されれば、マンガを有料で売る以上の価値がある」と認識を改めた、と言っていました。もっとも、ウェブトゥーンの映像化は「カン・プル原作映画は当たらない」と言われるくらい初期にはノウハウが確立されておらず、商業的には苦戦したそうですが。

 カン・プル氏はマンガ雑誌デビューに苦戦して、ウェブで連載を始めたんですね。内容は30代のサラリーマンが中学生の女の子と恋をする、というものです。と言ってもいやらしい内容ではありません。韓国ドラマ的なストーリー性のある長編マンガで、週1回の連載形式を確立し、非常に高い人気を得ました。逆に言うとこの時期以前は、週1回更新という掲載頻度が決まっていて読者に閲覧を習慣づけた人気ウェブトゥーンは一般的ではありませんでした。

――DAUMはアメリカのポータルサイトlycosを2004年に買収してアメリカのlycos.comでもマンガを配信してもいた。韓国マンガの作品やビジネスモデルの海外展開も別に最近始まったことではなく、ずっと試行錯誤がある。

 2000年代にDAUMとライバル関係にあったのがNAVERです。2005年にはNAVERがキム・ジュングさんという何万冊もコミックスを持っているオタク社員を中心にしてウェブトゥーン形式のコーナーを始めます。

このDAUM対NAVERの時代に重要な作品が出てきて、タテカラーの演出が確立されます。最初EMPAS(現在はNATEに統合)にて連載され、のちにDAUMへ移して連載されたカン・ドハ氏による猫型人間の恋愛もの『華麗なるキャッツビー』、韓国の大手通信会社KTが作った初期のポータルサイトparan.com連載のヤン・ヨンスン氏の『1001』などが代表的な作品ですね。そして2006年にはNAVERウェブトゥーンから趙爽(チョ・ソク)氏の『ココロの声』という重要作品が出ます。

――『華麗なるキャッツビー』はピッコマで、『ココロの声』は日本でもLINEマンガで途中まで読めるしNetflixでドラマ版が『サウンド・オブ・ハート』というタイトルで配信されていますね。

 『ココロの声』は週2回連載、しかも10年間休載なしで配信されました。内容は家族ものの不条理ギャグ、『浦安鉄筋家族』的な作品と言えばいいでしょうか。これが中高生が必ず読む作品になり、NAVERの顔になりました。というか、NAVERはこの作家をスターにするためにTVに出演させたりと一生懸命売り込んだ。作家の年収もすごいことになって「ヒット作を出したクリエイターがいい生活をしている」ことが世間に広まった。

――つまり読む側は当時完全無料だったけれども、ポータルの時代になると作家が個人サイトに描くのとは違って、ポータル側が契約した作家に原稿料と契約金を払って描いてもらっていたということですね。

 「儲かるんだ」という認識ができると業界に才能が集まってくる。そういう意味でも『ココロの声』は重要ですし、DAUMとNAVERの2強体制ができたという点でも歴史的に重要です。

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