安倍川柳を批判されて即白旗 社内の言論を弾圧する朝日新聞

朝日新聞は頭から腐った(2)

朝日新聞政治部』大反響御礼、特別無料公開「朝日新聞は頭から腐った」篇の第2回。

「朝日川柳」に安倍氏銃撃事件を風刺する作品を掲載し、右派からバッシングされると「ご指摘やご批判は重く、真摯に受け止めています」と朝日新聞は即座に降参した。

4.5万部のベストセラーとなっている『朝日新聞政治部』の著者・鮫島浩氏は鮫島タイムスで「自己保身の犬!投稿者をさらし者にする巨大新聞社の背信行為」と批判した。社内では社員の監視と言論統制がますます進んでいる、とも書いている。

朝日新聞のこうした体質は、いまに始まったことではない。言論機関として崩壊していく様が『朝日新聞政治部に生々しく記されている。

私が会社から受けた「言論弾圧」

新聞記事への批判を始めると、フォロワー数はぐんぐん伸びた。会社はそれを見逃さなかった。上司から「編集局長室が君のツイッターに怒っている」「読者から会社に苦情が来ている」「社内から文句が出ている」と自制を促された。私は「これは職務外活動です」と受け流した。

編集局長室から「お伝えしたいことがあります」とメールが届いたのは2019年2月13日だった。翌日、局長室の一角にある会議室に行くと、局長補佐がいた。

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彼は、(1)あなたのツイートは会社のガイドラインに抵触している、(2)以前に「注意」したが、今回は「警告」だ、(3)従わない場合は「次の措置」を行う――と厳しい口調で告げた。私はこれまで注意を受けたという認識はないと反論し、(1)どのツイートがどのガイドラインに抵触しているのか、(2)「注意」「警告」という措置はどの社内規則を根拠にしたものか、(3)「次の措置」とは何か――を具体的に示すよう求めた。

局長補佐は「注意したという記録が社内の会議で報告されている」と答えたが、具体的な内容は説明しなかった。「吉田調書」の時と同じように厳しい処分をちらつかせれば黙って従うと思っているのだと私は推察した

私はもう管理職ではない。会社の意向を忖度する必要もなかろう。私は徹底抗戦することにした。どのツイートがどのガイドラインに違反しているのかを明確に説明し、その判断を下したのは誰かを明らかにするように強く迫った。

 

局長補佐から連絡があったのは数日後のことだ。彼はやや態度を軟化させ、(1)ガイドライン改善の余地はある、(2)「注意」「警告」は社内規則に基づくものではなく一般用語として使った、(3)「警告」の判断をしたのは中村史郎編集局長である――と回答した。

中村さんは政治部出身で渡辺勉さんや曽我豪さんの1期下だ。曽我さんが平河キャップ時代に政治家との会食に飛び回るなかで、サブキャップとして留守役を引き受け原稿処理に追われていた。実務にたけた調整型で、平河クラブの記者たちは曽我さんを「お父さん」、中村さんを「お母さん」と呼んでいた。政治部のデスクや部長は歴任せず、国際報道部のデスクや部長を経て「吉田調書」事件当時は広告局長だった。渡辺さんの失脚を受けて編集局に呼び戻され、編集局長に昇格した。木村社長とともに退任した持田常務が後押ししたと言われ、次期社長の有力候補と目されていた。

局長補佐は社内外から寄せられた苦情の一覧を示した。私のツイートの横に「リツイート2280」「いいね2154」といった数字が記され、「同僚への敬意がない」「担当外の案件」などとコメントが添えてある。「同僚への敬意がない」とされたのは、安倍政権の対露外交を報じる政治記事を「典型的な忖度報道」と批判したツイートだった。要するに「同僚の記事は批判するな」「担当外の案件には口出しするな」という趣旨だろう。

局長補佐は会社のガイドラインも示した。たしかに「担当外のことに言及する発信は不適切な内容にならないよう特に注意するとともに、担当者への配慮や敬意を欠いた投稿はしない」と記されている。私のツイートは「担当者への配慮や敬意を欠く」と判断されたようだった。私はツイートの言葉づかいは慎重にしていた。そのうえに「配慮」や「敬意」のある批判とはいかなるものなのだろう。職務外活動であっても自社の記事は批判してはならないと強要しているとしか思えなかった。

一般企業ならまだしも、私たちは言論機関を標榜する新聞社だ。公務員や会社員を取材して内部告発を受け、不正を追及している。何より「言論の自由」を声高に訴えている。その足元で自社の社員の職務外での言論活動を制約し、とりわけ自社への批判を抑え込むのは新聞社の自己否定ではないか。「池上コラム」の掲載拒否を反省していないのではないかと私は思った。

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