不必要な接触はどの部分でもNG
猪瀬氏の動画を見ると、最初まず海老沢氏を別の人と間違えている。応援演説に来て候補者の名前を間違えるのも失礼だと思うが、さらに名前を訂正する際に、彼女の肩や背中に触った後、胸のあたりをポンポン叩くように触っている。
その触り方が「当たっているか微妙」だとして、「肩は触っているけど胸は触っていない」と猪瀬氏を擁護する声がネット上では上がった。さらに6月19日放送の「サンデー・ジャポン」では、司会の爆笑問題の太田光が「わりと触る人というか。ちょっと誤解されちゃったのかな……」、出演者の杉村太蔵元衆院議員も「セクハラっていう定義からするとどうなんだろうな」と発言し、番組自体が「猪瀬氏を擁護した」と批判を受けることになった。
こうした発言は、部分を問わず「身体への不必要な接触」はセクハラに当たるという理解がされていないから起きる。かつては職場などでもよく見られた「頭ポンポン」「肩ポンポン」も、実は嫌だったという声が届いていなかっただけなのだ。内閣府が公表している「政治分野におけるハラスメント防止研究教材パンフレット」でも、「本人の意に反して、手や背中に接触したり、抱きついたりする行為はセクハラに当たり得る」としているのだから、ぜひ議員や候補者にはこのガイドラインを元に研修会をしてほしいと思う。
「本人がいいならいい」という問題ではない
今回海老沢氏本人が、「猪瀬さんとわたしの関係では全く問題が無かったものの、猪瀬さん本人からは、丁寧なご連絡がありました。胸にあたってもいないし、話題になったことにむしろ驚いていたほどなのに……」とツイートしたことから、「本人が問題ないと言っているんだからいいんじゃないか」という声も上がった。
先の杉村氏も、「セクハラって相手が嫌だなと思ってたらセクハラ」なので、今回は海老沢海氏が問題ないと言っているのだからセクハラには当たらないと発言している。
だが、セクハラの定義では本人の快・不快だけでなく、職場などで周囲が不快に思うことも含まれる。今回は多くの人たちが目にして、あれだけ非難の声を上げたということは不快に思った人が多かったということでもある。
そもそも海老沢氏が嫌だったと思ってもあの場で、声を上げられたのかという問題もある。私の周囲の女性たちは、触られる際の海老沢氏の微妙な笑顔について、「すごくわかる」「あれはかつての私」と話した。触られた時に「やめてください」とも言えず、「笑うしかない状況」。屈辱や不快感を感じながらもやり過ごすしかない体験は、仕事上で多くの女性たちが体験していることだ。

政治とジェンダーの問題に詳しい上智大学の三浦まり教授は、朝日新聞の取材に対して「今回の猪瀬氏は応援弁士の立場。応援してくれる人に対して、この立候補予定者は余計に立場が弱く、抗議しにくい背景がある」と話す。さらに、本人が良いと思っても、社会に与える影響が大きいとも指摘している。
「たとえ、本人がよくても、見ていた人たち、特に若い女性にとっては、立候しようとする人は、セクハラを我慢しないといけないという誤ったメッセージになってしまいます」(朝日新聞2022年6月17日)
そういう意味で、私は触られた海老沢氏も罪深いと思った。もちろん今の立場でベテラン政治家の猪瀬氏に対して声を上げにくいことも理解はできる。でも「問題ない」と言い切ってしまうことで、どれほど今セクハラに苦しんでいる女性たちが、さらなる無理解に晒されることになるのか。とりわけ彼女は国政を志す立場なのだから、そこに思いを馳せて欲しかった。