「何も知らない」「お母ちゃんはいい人や」昭和の当たり屋家族の実行犯、10歳の少年の切なすぎる証言

昭和事件史(5)後編

前編<「10歳の子供がクルマに突撃」日本全国で荒稼ぎした「当たり屋家族」 のヤバすぎる正体>で記したとおり、昭和の時代に世を騒がせた「万引き家族」ならぬ「当たり屋家族」がいた。その家族による一連の犯行は、後に映画の題材にもなるほど社会に強い衝撃を与えている……。

警察は主犯格の小沢石雄(仮名=44歳)、ならびに江口淑恵(仮名=27歳)を逮捕した。2人は10歳の少年A、3歳の幼児Bを連れて全国を巡り、各地で犯行を重ねていたのだ。犯行の手口は驚くべきもので、なんとまだ幼いAがクルマにぶつかり、そこに母親を名乗る江口が駆け寄り、その後、小沢が登場して事故の加害者(実際は被害者)に示談を強要し賠償金をふんだくるというものだった。

警察に身柄を拘束された小沢と江口、さらに保護された少年Aは何を語ったのか? 特に10歳児であるAの発言は、周囲を驚かせた。

(※1966年当時の朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、日本経済新聞などの報道をもとに構成しています。またわかりやすさの観点から、当時の紙面を平易な文章に修正している箇所があります)

小沢と江口と子どもたちの関係

小沢らが何を語ったかをまとめる前に、当時の報道をもとに家族の関係性を整理しておきたい。まず、夫婦のようにふるまっていた小沢と江口に婚姻関係はない。小沢には別居中ながら籍を抜いていない、少年Aの実母である妻のCさんがいたからだ。小沢が定職につかず江口と交際を始めたことで、嫌気が差したCさんは実家に戻ったという。

以後、小沢、Aは江口と同居を始めるようになった。Aにとって物心ついた頃から一緒に暮らしている江口は母親同然だったようだ。そして、幼児Bは江口と小沢との間に生まれた子供である。つまり、AとBは異母きょうだいということになる。

写真はイメージ、以下同 photo by BBuilder/iStock
 

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