怪奇マンガの起源にして頂点…水木しげる『ゲゲゲの鬼太郎』を語ろう

生誕百周年!不朽の名作を振り返る

水木作品はアメコミ的

池上遼一 水木しげる先生が2015年に亡くなって今年で7年が経ちました。早いですよね。私は'66年から2年半、先生のアシスタントを務めました。「少年マガジン」に『ゲゲゲの鬼太郎』(※連載当初は『墓場の鬼太郎』)連載が始まった直後で、先生が最も忙しくなった時期です。

初対面の時、先生がかけてくれた言葉が「君は空気の抜けたカステラみたいな声をしているな」でした。言っている意味はよくわからなかったのですが(笑)、なぜか「なるほど」と納得させる不思議な力があることに感心したのをよく憶えています。

呉智英 私は'70年から7~8年間くらい、水木先生のシナリオスタッフを務めていました。漫画のテーマを探してそれを伝える仕事です。一本あたり5000円で、月に2~3本は出していました。'78年頃には連載の数が落ち着いて、その仕事は一旦終わりになりましたが、その後も先生が自伝を書くときなどに協力をしました。先生の素顔や『鬼太郎』について生の言葉を聞かせてもらったのはいい思い出です。

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ラサール石井 『ゲゲゲの鬼太郎』は連載が始まった頃からの大ファンです。'14年に『鬼太郎』を題材にしたミュージカルの舞台で脚本と演出を担当させてもらいました。打ち合わせで水木プロを訪問した時、「水木先生がいらっしゃる」と思ってその人に挨拶をしようとしたら、先生の弟さんでした。その後、先生は体調を崩され、結局会えずじまいです。今日は先生の身近にいたお二人と『鬼太郎』の話が出来るのを楽しみにきました。

 

 ラサールさんは『鬼太郎』のどこが好きだったのですか?

石井 当時、多くの漫画家の作品は手塚治虫先生の影響を受けた丸く親しみやすいタッチの絵でした。ところが水木先生はルーツが違う。僕は先生の絵にアメリカンコミックのムードもあると思うんです。線や色の使い方がスタイリッシュでしょ。しかもセンスはアメコミ的なのに描くのは日本の土着的な世界。そのギャップがいいんです。

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