工夫してもそれを超えてくる

このピンチを救ってくれたのが、左手の存在です。そしてパソコンの設定の多様性でした。1回も使ったことのない左手用のマウスで、かすかに動き続けてくれている左手の親指の可動範囲の限界に合わせてパソコンのマウスの動きを設定する。カーソルの動く範囲ってどれくらいだと思います? 現在は1回の親指のはじきで3~4センチって感じです。最初は5~6センチだったのになぁと思いますが贅沢は言ってられません。

左手の親指にはものすごく感謝しています。左利きの私は最初に左手に進行が来てあっという間に動かなくなって凹んでいました。しかしながら全く動かなくなってしまったわけではなかったのです。動かなくなる直前の右手親指のように、指先がかすかにではあるが肘ごと動かそうとすると反応してくれるのです。左肘の褥瘡のケアが大変になりますが、何とかカーソルが動かせるのです。周囲の協力を得て、5ヵ月間稼働してくれているのです。

妻の雅子さんに手作りのパンケーキを作ってもらってご満悦 写真提供/津久井教生
 

普通の人が私の使っているマウスのボールを動かしたら一瞬で端から端へ動いてしまう設定です。健常の時には思いもよらなかった動作設定がなんでパソコンにあるのか、自分がこういう状態になって初めてわかったのです。それでも暗い言い方かもしれませんが、最初よりも2センチ動かなくなっています。ALSの進行はこうやって一生懸命工夫していることをあざ笑うかのように乗り越えてくるのです。

ALS罹患者の私としては、これだけ手足が動かなくなっている今の時点でも、ALSの進行が止まってくれれば本当にありがたいのです。止めることが出来れば、今やれていることは続けることが出来るのですから。治療法があったら飛びつきたいですが、現時点では進行を遅らせる対症療法はあっても、治すことも止めることもできないのが現状です。

ALS(筋萎縮性側索硬化症)に罹患してこの病気に腹が立つのは、この罹患者や周囲の方の努力や工夫をあざ笑うかのように無駄にして出来ない状態にしていくところです。工夫して出来るようにしたものが早ければ数日で出来なくなるという事です。出来るようになるために頑張って練習しすぎるとかえって動かなくなって出来なくなることもあるのです。長持ちさせたければ無理をしない、というアドバイスがあるくらいです。