タイ人ボーイが居候先の33歳女性を惨殺…バンコクで繰り広げられた“国外逃亡の末路”

1993(平成5)年、東京・池袋のマンションで住人の33歳女性が殺害された。捜査線に浮上したのは被害者宅に居候していたタイ人男性――ウィラサック・イアンポングサ。男は事件直後からタイ王国へ逃亡し国際手配されていたが、その後の有力情報は乏しく、追跡捜査は困難を極めた。

本事案は、日本警察がタイ当局に対して代理処罰を要請した初めてのケースである。記事前編に続き、日本警察の面子を掛けた国際捜査の全貌を、当事件を担当した警視庁捜査第一課元刑事、原雄一が明かす――。

 

裁判の行方

平成25年4月29日、ラチャダー刑事裁判所において第1回公判が開かれ、被告人サムは、起訴状記載の被疑事実のとおり、カズエさんの殺害を認めた。ただ、裁判官から犯行の動機を問われたサムは、「日本国内のカラオケ店で被害者と知り合ったが、被害者に預けていた金を返してくれなかったから喧嘩になって殺した」などと、被害者にも非があることを供述した。

次回の公判は8月19日と決まった。

間もなく、この刑事裁判所から、告発者の私と告発証人の捜査第一課警部の出廷を求める召喚状が届いた。つまり、私たちは検察側の証人として、タイ王国の裁判所に出廷して証言することを要求されたのである。日本の警察官が外国の公判廷において証言することなど極めて稀なことである。しかし、この事件の再捜査に着手したときから、事件解決のためにはタイ王国の捜査当局と緊密な連携を取っていかなければならないことは承知していたため、証人出廷は想定内のことだった。

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私たちは、この証人出廷を快諾すると、更にタイ王国最高検察庁から、「公判で証言する前に検察官と事前に打合せをするからバンコクに来られたい」というオファーが届いた。もちろん、このオファーにも警視庁は快諾したが、私は証人出廷ならともかく、打合せのための出張には「検討させてください」と曖昧な返事になってしまった。

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