「左翼」は復活するか? ウクライナ危機で問われる“絶対平和主義”

日本左翼史に学ぶべき核心
池上彰、佐藤優両氏が、戦後日本における左翼の盛衰を全3巻でたどった現代新書のシリーズ『日本左翼史』。シリーズを通じて示された、新たな左翼史の見方とはどのようなものだったのか? また、ウクライナ戦争に直面する今、左翼的価値観が持つ意味とは——。
1972年以降の左翼の歴史を扱った『漂流 日本左翼史 理想なき左派の混迷 1972-2022』から、佐藤氏が同書に込めた思いを綴った「おわりに」をお届けします!

日本左翼史の新しい見方

池上彰氏との共著『真説 日本左翼史』『激動 日本左翼史』『漂流 日本左翼史』が刊行されたことで、太平洋戦争後の日本左翼の歴史について検討するわれわれの共同作業は終了した。

日本の左翼を日本共産党とそこから分裂した勢力と見る従来の見方に対して、私たちは別の切り口を提示した。

わが国には日本共産党以外に戦前の合法マルクス主義者の流れ(労農派)を継承する日本社会党が存在した。この社会党のアンブレラの下で、新左翼が台頭した。共産党 VS.社会党・新左翼という分節化に基づいて日本左翼史を論じた本は他にないと思っている。

『漂流 日本左翼史』では、1972年以降を扱っているが、新左翼が内ゲバとテロリズムに傾斜し、社会的影響力を失うなかで、左翼の主戦場は労働運動になったという見方を私たちはとった。

そこで社会党左派を支えた社会主義協会が台頭するが、そのマルクス・レーニン主義的な前衛主義に対する総評、社会党内の反発が強まり、1970年代後半に社会主義協会の活動に規制が加えられる。

さらに政府・自民党の国鉄分割民営化によって社会主義協会の影響が著しく低下した。国際情勢では、ソ連や東ドイツを理想的な社会主義体制と見なした社会主義協会の思想的限界が1989年11月のベルリンの壁崩壊、1991年12月のソ連崩壊によって露呈した。

非ソ連型マルクス主義として出発した労農派が、ソ連の崩壊とともに政治的にも思想的にも完全に影響力を喪失したというのも歴史の弁証法なのだろう。同時に社会党(社会民主党)からマルクス主義の要素が消え去った。結果として、現実に影響をあたえる左翼は日本共産党だけになってしまった。

その共産党は、議会を通じた平和革命と平和主義というかつての社会党の路線を密輸入することで生き残りを図っているが、前衛思想と民主集中制の頸木くびきから逃れることができずに行き詰まっているというのが本書の分析だ。

 

ウクライナ戦争と左翼的価値観

『漂流 日本左翼史』が2022年7月に刊行されることには特別の意味がある。この年2月24日のロシアによるウクライナ侵攻で、世界の構造が変化しつつあるからだ。

ロシアの行為は、ウクライナの主権と領土の一体性を毀損する既存の国際法秩序に反する行為で厳しく弾劾されなくてはならない。

当事国であるウクライナとロシアはもとより西側諸国(米国、EU加盟諸国、日本、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、シンガポール、台湾など)では多くの人々が無意識のうちに自国政府の立場と自らを一致させている(中東[イスラエルを含む]、アフリカ、中南米、中国、東南アジア、西南アジア、中央アジアの諸国では、政府も国民も欧米の立場にもロシアの立場にも同調していない)。

そのなかで、プロレタリアート(労働者階級)は祖国を持たないので、階級の立場からあらゆる帝国主義戦争に反対するというかつての左翼の声はまったくと言っていいほど聞かれなくなった。

日本共産党も、自衛隊は憲法違反であるが、日本が侵略された場合には、自衛隊を活用するという「祖国防衛戦争論」を前面に掲げるようになっている。

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ウクライナ戦争の進行とともに左翼的価値がもう一度、見直される可能性があると私は考えている。

この戦争は長期化する可能性がある。しかし、いつまでも続く戦争はない。この戦争もいつかは終わる。日本人の大多数は、ウクライナの果敢な抵抗によって、ロシアの侵略者をクリミアを含むウクライナ全土から放逐することで、この戦争が終結することを期待している。

しかし、そのような結果になるという保証はない。戦線が膠着し、ウクライナの東部、南部では親ロシア派の政府が成立し(段階的にロシアはこの地域を併合する)、西部にはウクライナ民族至上主義的な政権が成立し、中部はバッファー(緩衝地帯)の機能を果たす中立国になるという可能性も排除されない。

いずれにせよウクライナ戦争が終結してもロシア並びにその影響下にある諸国と西側諸国の間では、常に世界戦争の火種を抱えることになる。その過程で、日本左翼の重要な価値観であった絶対平和主義が見直される可能性がある。

さらにウクライナ戦争で、燃料、食料価格が高騰し、インフレが起きている。インフレは社会的に弱い層の生活を直撃する。今後、格差問題だけでなく貧困問題も深刻になる。その過程で平等を強調する左翼的価値観も見直されることになると思う。

未来を切り開くためには、過去から学ばなくてはならない。日本左翼の歴史から、善きものを活かし、悪しきものを退けることの重要性が今後高まると私は考える。

キリスト教には左翼的な価値観も包摂されている。

〈そのうちの一人、律法の専門家が、イエスを試そうとして尋ねた。「先生、律法の中で、どの戒めが最も重要でしょうか。」イエスは言われた。「『心を尽くし、魂を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』これが最も重要な第一の戒めである。
第二も、これと同じように重要である。『隣人を自分のように愛しなさい。』この二つの戒めに、律法全体と預言者とが、かかっているのだ。」〉(「マタイによる福音書」22章35〜40節)

イエスが述べた「隣人を自分のように愛しなさい。」という価値観を左翼の人々は、神なき状況で実践しようと命がけで努力したのだと思う。しかし、神(あるいは仏法)不在のもとで、人間が理想的社会を構築できると考えること自体が罪(増上慢)なのだ。

社会的正義を実現するためには、人間の理性には限界があることを自覚し、超越的な価値観を持つ必要があると私は考えている。日本左翼史というネガ(陰画)を示すことで、私は超越的価値というポジ(陽画)を示したかったのである。

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