「差別と憧れ」の歴史〜アメリカのアジア系への「愛憎」を深堀りする

今、アメリカで何が起きているのか? (後編)
BTSを筆頭とするK-POPアイドルや日本のアニメなどが絶大な人気を集めるアメリカで、アジア系へのヘイトクライムが激増しています。アメリカで、アジア系とはどのような存在なのか。その現状、歴史と文化的背景について、同志社大学教授の和泉真澄氏が解説する記事の後編です。

本記事の前編(「BTS人気の過熱」と「アジア系へのヘイトクライム激増」が同時進行する理由)では、BTSのホワイトハウス訪問に込められた意味を読み解くことで、現在のアメリカ社会が抱えている人種や党派に基づく分断や暴力の問題について、広い視点から説明した。後編では、BTSが直接言及したアジア系に対するヘイトについて、歴史や文化的観点を取り入れながら解説していきたい。

対アジア系ヘイトクライムの急増

2020年に世界的流行が始まった新型コロナウイルスがアメリカで最初に深刻な被害をもたらしたのは、ニューヨーク市だった。このときの感染爆発はヨーロッパから流入した変異株が原因であったにも関わらず、当時のトランプ政権は「チャイナウイルス」「カンフルー」などと、ことさらにウイルスが中国起源であったことを強調した。ロックダウンやステイホーム、不況や失業などで不安を募らせる国民からの批判の矛先を国外へと逸らそうとしたのである。

公共交通機関や職場、スーパー、学校、レストランなどでアジア系の人々が「アジアへ帰れ!」などと罵声を浴びたり、急に殴られたり、突き飛ばされたり、あるいはナイフで切り付けられたりする事件が、ニューヨークや西海岸などで次々と報告されるようになったが、トランプ前大統領は「チャイナウイルス」などの言葉の使用を続け、ウイルスは中国のせいだと国民を煽り立てた。

アジア系へのヘイトクライムに抗議する人々 [PHOTO] gettyimages

暴力被害の増加に対して、アジア系コミュニティは中華街のパトロールや護身のためのスキル講座、アジア系文化や歴史への理解を広げるためのセミナーなど、いろいろな対策を講じた。2020年3月にはサンフランシスコ州立大学を拠点に、アジア系へのヘイトクライムを通報できるウェブサイト「Stop AAPI Hate」が作られた。このグループはその後、定期的に被害状況について分析し、詳細な報告を公開している。

今年3月に出された報告によれば、2021年末までに報告された被害件数は1万件を超え、そのうち身体に危害がおよぶ暴力事件が16%以上を占める。また、全体の被害者の6割以上が女性である。中国系が被害者の42.8%と一番多く、続いて、韓国系、フィリピン系、日系と続いており、アジア人に見えるだけで、いつ攻撃を受けるかわからないことがわかる。

2020年からアジア系の人々には深刻な問題として捉えられていた対アジア系ヘイトクライムだが、暴力の激しさが主流社会でも認識されるきっかけとなったのは、2021年3月にアトランタで発生した3つのアジア系マッサージサロンを狙った銃乱射事件であった。アジア系女性6人を含む8人が死亡したこの事件の犯人である白人男性は「自分はセックス中毒で誘惑の元を断ち切りたかった」と犯行動機を説明した。この事件をきっかけに議会も重い腰を上げ、対アジア系ヘイトクライム対策法を成立させた。

しかし、その後もアジア系を被害者とする深刻な事件は後を絶たない。特に、2022年初頭に連続して起こったニューヨーク市でのアジア系女性の殺害事件などは、いまだにアジア系コミュニティの人々に大きな恐怖感を与え続けているのだ。

コロナウイルスと関連づけられて集団として忌み嫌われている事実からは、アメリカ社会でアジア人やアジア系アメリカ人への理解や共感が不足していることがわかる。また、現在アメリカと中国の関係は決して良好なものとは言えず、一般アメリカ人の中国に対するイメージは極めて悪い。しかし、アメリカ人にとってアジアはそんなに遠い場所なのだろうか。アメリカ人の生活の中に見えるアジア文化の影響の深さを考えると、決してそうとは言えない。