脳卒中発症から1年半で校務に復帰! APU学長・出口治明氏の思想

運命を受け入れ、前向きに生きる

脳卒中を発症してから1年半。
歩くことも話すことも困難な状況から、持ち前の楽観主義で落ち込むことなく元気にリハビリを続け、ついに校務へ復帰したAPU(立命館アジア太平洋大学)学長の出口治明さん。闘病の過程とリハビリを支えたその思想を語った新刊『復活への底力 運命を受け入れ、前向きに生きる』より、希望に満ちた「はじめに」をお届けします。

突然の脳卒中と後遺症

立命館アジア太平洋大学(APU)のある大分県の別府から、故郷の三重に、亡き母の四十九日の法要で新幹線で帰郷するため福岡のホテルに前泊した翌朝、僕は突然発作を起こし、病院に搬送されました。2021年1月9日の朝でした。

倒れた後、しばらくは意識が朦朧として、あまり明確な記憶は残っていません。気が付くと僕は自分の身体の右側が、自分の思い通りに動かせなくなっていました。

思い通りにならなくなったのは、それだけではありません。何も言葉を発することができなくなっていたのです。

 

医師の診断は左被殻出血(ひだりひかくしゅっけつ)。いわゆる脳卒中や脳出血と言われる病気で、症状としては右半身の麻痺と失語症が残りました。また、CT(コンピュータ断層撮影)検査の結果、手術はしない方針が採られました。

脳卒中の後遺症として身体の麻痺はよく知られていると思いますが、失語症はあまりなじみのない人が多いかもしれません。

失語症とは脳の言葉を担う部分に障害が起こり、聞く、話す、読む、書くといった言葉を使った働きがうまくできなくなる状態です。

命に別状はありませんでしたが、僕は発作が起きてからあっという間に右腕右足がまったく動かず、相手が話している内容はある程度理解できても、自分からは意味のある言葉を一つも出せない状態になっていたのです。

しばらく福岡の病院で治療をした後、東京にあるリハビリテーション専門病院に転院し、僕のリハビリ生活はスタートしました。

医師によると、僕と同じくらいの年齢の人が脳出血を発症し、同じくらいのダメージが残ると、復職はあきらめ、退院や、自宅での自立した生活を目指してリハビリを行うのが一般的だそうです。もともと70歳を超えていれば、定年退職し、仕事をせずに暮らしている人も多いでしょう。

しかし僕は、学長への復職を目指したいと、医師とリハビリのスタッフに伝えました。以前と同じように別府へ単身赴任して自立した生活を送り、聴衆の前に立って講演できるくらいになりたいと。

なぜ復職を目指すのか。まだやり残した仕事があったからです。

学長に就任して以来取り組んできた、新しい学部の設立。そして新型コロナウイルスの感染拡大で大きな影響を受けた学生の支援。そして国際学生の入国をサポートし、以前のように多様な学生が対面で交流できるキャンパスを、できるだけ早く取り戻したい─。

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