脳卒中による失語症からのリハビリを支えた、古典文学の力

APU学長・出口治明氏が語る

2021年に脳卒中を発症し、後遺症に見舞われたAPU(立命館アジア太平洋大学)学長の出口治明さん。歩くことも話すことも困難な状況から、持ち前の楽観主義で落ち込むことなく元気にリハビリを続け、ついに校務へ復帰しました。新刊『復活への底力 運命を受け入れ、前向きに生きる』より、出口さんの失語症からのリハビリを支えた、古典文学の力に迫ります。

左手で古典文学をなぞり書く

睡眠時間を8時間、リハビリの時間を3時間とすると、それ以外の時間が一日に13時間もある計算になります。

朝、起床すると僕は車いすで食堂に行き、リハビリの時間以外はそこのテーブルで自主トレや宿題を行っていました。

リハビリ病院に転院する前から、僕は自主的に文字を書く練習をはじめていました。右利きで右半身が麻痺していますから、左手で書けるようになる必要がありました。それに膨大な時間が急にできたのに、何もしなかったら暇で仕方がありません。こうした自主的な練習は、僕は「直観」で決めていました。「トレードオフ」も「直観」も、日本生命で働いていた時から大切にしていたことです。日頃から読書をしたり様々なジャンルの人と会ったりして、経験の幅を広げようとしたことがリハビリにも生きたのかもしれません。

自主トレに使用したのは、ポプラ社から出版されている「えんぴつで」シリーズです。

このシリーズは古典文学の名作からえんぴつで書くのに合った内容の文章をピックアップし、一文字ずつなぞり書きできるようにした本です。書家の大迫閑歩(おおさこかんぽ)氏による手書き文字の本文とその現代語訳、解説、そしてなぞり書き用に薄く印刷された文で構成されています。

単に古典文学を読むだけではなく、文字を一つひとつたどりながらその内容を味わえるのがよいところで、なかなか外出できない入院生活の癒やしにもなりました。

2006年に発刊された『えんぴつで奥の細道』がシリーズ第1弾で、その後、日本の古典文学では『万葉集』や『源氏物語』、漢文では『論語』や『老子・荘子』など、多くの作品が発売されています。僕は1冊分のなぞり書きを終えると、リハビリスタッフにお願いして妻に連絡してもらい、新しい本を送ってもらいました。新型コロナ禍で親族の面会も回数を制限されていたので、そうせざるを得なかったのです。

『枕草子』と漢詩の意外な関係

「えんぴつで」シリーズは第15弾まで発行されていて、日本三大随筆とされる『方丈記』、『徒然草』、『枕草子』のいずれもシリーズに入っていますが、僕は『枕草子』が断然好きです。

前の2冊はなんとなく暗い雰囲気が漂っていますが、『枕草子』には明るさがあるからです。

清少納言は当時の教養人のたしなみであった漢文学に親しみ、史書や漢詩を読みこなし、機知に富んでいました。人を見る目もしっかりしている。紫式部もそうですが、めちゃくちゃ賢い人です。

『枕草子』には「香炉峰の雪」という有名なエピソードがあり、「えんぴつで」シリーズにも掲載されています。(以下、「えんぴつで」シリーズはすべてポプラ社刊)

雪のいと高う降りたるを、例ならず御格子まゐりて、炭櫃に火おこして、物語などして集りさぶらふに、「少納言よ、香炉峰の雪いかならん」と仰せらるれば、御格子上げさせて、御簾を高くあげたれば、わらはせ給ふ。人々も「さることは知り、歌などにさへ歌へど、思ひこそよらざりつれ。なほ、この宮の人には、さべきなめり」といふ。 (『えんぴつで枕草子 簡易版』)

中宮定子(ていし)から「雪がたいそう降り積もっているけれど、香炉峰の雪はどうですか」と問いかけられ、清少納言が御簾(みす)を高く上げてみせると定子が「よくわかっていますね」と笑い、同輩からも賞賛されたという話です。

清少納言の機知や宮廷女房の風雅な振る舞いを表す章段ですが、その下敷きになっているのが白居易(はくきょい)(白楽天)の詩の一節、「(布団から起きるのも億劫なので)香炉峰雪 撥簾看(香炉峰の雪は簾をかかげて看る)」です。これは唐の官僚でもあった白居易が政争に巻き込まれ、地方へ左遷されたときの詩です。

白居易の詩文集『白氏文集(はくしもんじゅう)』は、この時代の日本ではよく読まれていました。

定子はこの詩に引っ掛けてなぞかけを投げかけ、清少納言は見事に回答したというわけです。

このようなエピソードが生まれるほど、白居易の詩句は当時の常識になっていました。

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