2021年にユーキャンの流行語大賞トップテンに選出された「親ガチャ」という言葉がある。子供は親を選べない。努力では挽回できない差のことを指す。しかしそれが「外れ」だとして、一体どうしたらいいのか。

虐待や過干渉はいわゆる「親ガチャ」と言われる象徴的な例のひとつだ。現在40代の若林奈緒音さん(わかばやし・なおとさん/仮名)は幼いころから母の暴力にあってきた。母がなりたいと思っていたバレーボール選手にするために無理やりチームに入れ、怪我をしてもコートに立たせた。そして大勢の前で体罰も与えていた。男女交際には過剰なほどで、高校の同級生と一緒に帰っているのをみつけただけで、顔が歪むほど殴られたこともある。

兄と妹の中でひとり暴力の対象となっていた奈緒音さんだったが、兄は兄で、父の呪縛にも悩んでいた。
結婚を機に、奈緒音さんが自分は自分のままでいいのだと思えるようになって開始した「母の呪縛」、今回は成績優秀でも進学を許されなかった兄の現在をお伝えしていく。

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父の呪縛から脱出した兄

商業高校で成績トップ、資格もすいすいと取得しており、兄の妹というだけで一目置かれるような存在。大学進学を学校の先生全員が勧めていたし、兄も進学を希望していた。しかし、高卒の父がそれを許さなかった。この連載の前回では、優秀な兄の挫折のことを書いた。その兄がいまどうなっているのか心配する声も届いたので、ご報告をしておく。

兄は、今も高校卒業後、新卒入社した商社で活躍している。母に騙されて就職した翌年に大学を受験させてもらうことになっていたが、それは口先だけの嘘だったことがわかり、兄は家を出た。そのときに諦めたように私にこう言った。
「春には、大卒の新入社員が入ってくる。自分より年上の人間が自分の下になる。そのやりにくさは、俺は仕事の能力でカバーする。お前は女だから受験させてもらえるか知らんけど、まあ頑張れよ」

その言葉通り、兄は仕事の能力で学歴差別を見事にカバーし、30歳で中古マンションを購入し、35歳で一戸建てを建てた。結婚もし、兄そっくりな息子を授かり、自分がしてもらえなかったキャッチボールも嬉しそうにやっている。サッカー観戦、プール教室、参観日や運動会には必ず参加している。時々送られてくる家族の写真を見ると、とても幸せそうで誇らしげな兄がいる。

あの時、進学を諦めたのが結果的に良かったという見方もあるかもしれないが、決してそうではない。選ぶこともできず、与えられず、後悔も悔しさもあったであろう兄が、自ら道を切り開いて掴んだ人生なのだ。むしろ実家を出て、自分で決断する人生を歩んだからこそ、両親の呪縛から逃れたからこそ、今の人生があるのだ。