厚生労働省の発表した「令和2年度児童相談所での児童虐待相談対応件数」によると、2020年に児童虐待の相談件数は20万件を超えている。2021年のユーキャン流行語大賞で「親ガチャ」という言葉がトップテンに入ったが、虐待は深刻な問題だ。
自身が幼少期ずっと母からの暴言・暴力にあっていたのが若林奈緒音さん(仮名)である。自分のような経験は繰り返してほしくないと、実体験を綴っている「母の呪縛」、9回の前編では成績優秀でも高卒の父に進学を許されなかった兄の現在と、母が男女交際に過度に反応することをお伝えした。

後編では、奈緒音さんが性暴力に遭ってしまったときの母の驚きの言葉をお伝えする。

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女は早く結婚して子どもを産め

小さい時から母にはこう言われてきた。
「女は良い人を見つけて早く結婚し、子供を産む。婚前交渉は禁止。できちゃった結婚は恥。順序を間違うな。離婚なんて、近所を歩けなくなるから一度出たら帰って来るな」

女は子供を産むためにいるのだから、酒たばこはダメ。母のように20歳くらいで子供を産み、若くしても孫を見たい、それが親孝行だとも言っていた。中学高校での男の子とデートや恋愛なんて、もってのほか。そんなくだらないことをする暇があったら家事をやれ……。

男女が一緒に帰るだけで母は大反対をした(写真の人物は本文と関係ありません)Photo by iStock

母は実母を早くに失くして厳格な父に育てられた。そのとき4人の姉はすでに嫁いでいたため母だけ高校には進学させてもらえず、仕事をして家庭を支えなければならなかった。妹弟は進学し、「自分だけが」という思いは強かったのだろう。それゆえか、長女の私も母ができなかったことはさせてもらえず、門限があり、家の事をさせられていた。その時話題の場所にも行けなければ、流行りのテレビドラマが見たくても見せてもらえなかった。母の時代とは違うと言っても、決して許されない。少しでも男の子と親しく話すような姿を見られたら、帰ってからあたかも不純な事をしたように叱られた。もちろん、デートと言っても中学生のときは交換ノートしたり、高校生のときは公園で話すくらいのものだった。アルバイトをして貯めたお金でポケベルやPHSを買って持っていたが、詮索されるので母の前では決して使わないようにした。

だから、私が高校1年生のとき、夕方彼と歩いて帰るところを目撃した母は、私を許せなかったのだ。自分がしたくてもできなかったことを、娘の分際でするなんてもってのほか。させてたまるものかという苛立ちがあったのだろう。あのとき瓶の入った袋で殴られ、骨が歪んだ顔は、20年以上経った今年、手術をして直しはした。しかし殴られた心の傷は今も癒えていない。

ちなみに私はそういう環境に置かれ育ったため、少し男性との付き合い方に関して神経質な考え方になった。母のように、結婚を意識できないような人とはそもそも付き合わない。その場だけでの関係は持つことはなかったし、少し付き合ってみようとは思えなかった。