安倍晋三vs.習近平「暗闘の10年史」…“最大のライバル”の死を、習主席はどう捉えたか

「両雄」の闘いの歴史を振り返る
安倍晋三元首相(67歳)が狙撃されて死去-ー日本発の緊急速報は、「中南海」(北京の最高幹部の職住地)の習近平主席(69歳)のもとにも、直ちに届けられた。習主席は、かつての「最大のライバル」の突然死を、どう捉えたのか? 今週・来週と2回にわたって「安倍晋三vs.習近平 暗闘の10年史」を緊急掲載する。前編は、2012年の年末、「両雄」がトップに就いたところから始まる――。

「最大のライバル」との暗闘史

安倍晋三元首相が奈良の路上で遊説中、銃弾に散った翌7月9日、北京から一通の弔電が、岸田文雄首相宛てに届いた。差出人は、「中華人民共和国国家主席習近平」。そこにはこう記されていた。

〈 安倍晋三元首相は在任中、中日関係の改善推進に努力し、有益な貢献をした。私と彼とは、まさに新時代が要求する中日関係を築こうと、重要な共通認識に至ってきた。彼が突然、世を去ったことに、深い悲しみを覚えている。

私は(岸田文雄)首相先生と共に、中日の4つの政治文書が確立した各項目の原則に基づき、引き続き中日善隣友好協力関係を発展させていく所存である 〉

同日、習近平主席と彭麗媛夫人は、安倍昭恵夫人に対しても、哀悼と慰問の弔電を送った。

中国外交部が作成した文面を確認しながら、習近平主席は、かつての「最大のライバル」との暗闘に想いを馳せたに違いない。

Gettyimages

いまから10年前の2012年11月15日、第18回中国共産党大会で、習近平副主席が、中国共産党総書記に就いた。実質上の中国トップだ。それから約1ヵ月後の12月16日、日本で行われた総選挙で自民党が大勝し、同月26日に安倍晋三政権が発足した。

その数ヵ月前、9月11日に日本が尖閣諸島を国有化したことで、中国の反日感情に火がついた。全国約110ヵ所で反日デモが行われ、9月29日に北京の人民大会堂で予定されていた日中国交正常化40周年の記念式典が吹っ飛んだ。

中国では俗に、「新たに任官すると3本の火を灯す」(新官上任三把火)と言う。習近平新総書記は、前任の胡錦濤「親日」体制とのとの違いを見せつけるため、12月13日、「1本目の火」を放った。南京大虐殺75周年のセレモニーを、例年よりも大々的に行い、セレモニーの時刻に合わせて、尖閣諸島の領空に、初めて中国機を差し向けたのである。

 

私は、11月の第18回中国共産党大会を、北京の人民大会堂で取材したが、翌12月の暮れに北京を再訪すると、早くも「別の国」になっていた。胡錦濤時代に放映していた『大奥』『クレヨンしんちゃん』『ポケモン』などがテレビから消え、「抗日歴史ドラマ」のオンパレードだった。

中国最大の国際紙『環球時報』(12月29日付)は「2013年世界の予測」の一つに、「中日海戦勃発」を挙げていた。北京で国際情勢を巡る正月のテレビ討論特番に呼ばれて出たが、番組全体があまりに反日的で辟易してしまった。

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