暴力で暴力を上塗りするこの世界に、中村哲医師が命懸けで示した「別の道」

映画「荒野に希望の灯をともす」を観てほしい

一点の曇りもない言葉に受けた衝撃

いま、世界の人々に最も観てほしい映画は何かーー。

そう問われたら、僕はたぶん、劇場版「荒野に希望の灯をともす」(2022年7月23日よりポレポレ東中野にてロードショー)だと答えるだろう。日本電波ニュース社の谷津賢二監督が、パキスタンやアフガニスタンでの中村哲医師の活動を、21年間にわたって撮影した映像素材を再編集したドキュメンタリー映画である。

僕が中村の存在を知ったのは、2001年9月11日、あの忌まわしい事件がアメリカで起きてまもなくのことだった。

当時、僕はニューヨークに住んでいた。2棟の超高層ビルが轟音とともに崩れ落ちてから、ニューヨークの街は一瞬のうちに星条旗で埋め尽くされた。

同胞を殺されたアメリカ人の悲しみは、やがて怒りと憎しみへと変わっていった。そして米国人の9割が、アフガニスタンへの報復攻撃を望んだ。

そんな折、僕はとある雑誌に掲載された、一人の日本人医師のインタビューを読んだ。それが中村哲医師だった。

アフガニスタンで活動する彼は、報復攻撃は絶対にやめてほしいと訴えていた。彼は当時、すでにパキスタンやアフガニスタンの各地に診療所を作り、人々を無償で診療する活動をしていた。そして干ばつで深刻な食糧難が起きたため、井戸を掘る活動も始めていた。その人道的活動の資金は、驚いたことに日本の一般市民による寄付で賄われていた。

「飲み水すらもない、食うや食わずの人々を空爆して、いったい何を守ろうというのか」

インタビューの中で、中村はそういう趣旨のことを必死に訴えていたように記憶している。

 

彼の言葉には、一点の曇りもなかった。己の良心にしたがって真摯に活動している人間だけが持ちうる、圧倒的な力があった。国際秩序がどうだとか、タリバンがどうだとか、政治家やコメンテイターたちが口先三寸で発する浅薄な言葉とは、重みも深さも切実さもまるで違っていた。

それはアメリカのメディアに洗脳されかけていた僕の頭に、ガツンという衝撃を与えた。そして正気に還らせてくれた。

必要なのは爆弾ではなく、水と食糧だったのである。

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