安倍晋三はなぜ「財務省」と戦い続けたのか…知られざる肉声を明かす

「彼らは怖い役所だから」

「アベノミクス」を推し進めた故・安倍晋三元首相は、国の予算を握り霞が関で「最強官庁」と呼ばれる財務省に対して、強い反発心を持っていたことで知られる。だが意外にも、なぜ安倍氏がそのような考えを抱いたのかについて、生前自ら語る機会は少なかった。

安倍氏を若手議員時代から取材してきたジャーナリストの戸坂弘毅氏が、知られざる貴重な肉声を明かす。

安倍氏が残した足跡

安倍氏が亡くなった日、米英ロ中印など世界各国の要人たちがこぞって安倍氏を悼み、首相在任中の功績を称賛するコメントを出した。インドやブラジルでは国として喪に服することを決めたとの報道にも接し、安倍氏が日本の政治家として前例がないほど、国際社会で存在感を発揮してきたことを再認識した。

安倍氏がその評価は別にしても「自由で開かれたインド太平洋構想」を打ち出し、日米豪印の「クワッド」枠組みを構築するなど、日本の首相としては稀有な「価値観外交」を展開し、欧米諸国の戦略にも一定の影響を与えたことはしっかり記憶しておくべきだろう。

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中国・韓国など近隣諸国との関係悪化を招いたとの批判はあるが、中国の習近平国家主席が岸田首相に送った弔電で安倍氏に最大限の弔意と敬意を表したことからもわかるように、安倍氏は日中関係の改善にも一定の足跡を残し、中国側から畏敬の念を持たれていた。

日本の国内事情に精通した中国政府高官は昨年、日本のジャーナリストに対し、「安倍氏の3度目の首相就任も十分あり得るのではないか」と警戒心を込めて語っていたという。

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