安倍元首相が撃たれた日「岩田明子記者」がテレビに出なかった本当の理由

週刊現代 プロフィール

NHK「上層部」の意向で…

岩田氏が安倍氏と知り合ったのは、安倍氏が森喜朗政権で官房副長官を務めていた時に「安倍番」となった時で、約20年前に遡る。

第一次安倍内閣では、塩崎恭久官房長官の番記者として官邸で取材にあたった岩田氏は、安倍氏が体調不良で最初の政権を投げ出した後も安倍氏を励まし続けた。

控えめに言っても、岩田氏が日本のジャーナリストの中で安倍氏のことを最も深く知る数人の中に入ることは間違いない。それだけに、彼女がテレビのニュース番組にも、亡くなった翌日に放送された緊急の「NHKスペシャル」などにも登場しなかったことは、やはり異様と言っていいだろう。

 

なぜ岩田氏は姿を見せなかったのか。複数のNHK報道局関係者に取材すると、このような証言が得られた。

「上層部、具体的にはプロパー職員のトップである正籬聡(まさがき・さとる)副会長から報道局長らに『岩田を出演させるな』という指令があったようだ」

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