2022.07.29

「陸軍大学校卒業者人名表」に記された陸軍の「序列」

「軍事秘密」の名簿から陸軍人事に迫る
陸軍といえば成績が絶対の評価基準というイメージを持っている方も多いのではないでしょうか?今回はそんな陸軍のイメージを塗り替える「人名表」にまつわるエピソードをご紹介します。

関係者の証言と資料を元に昭和を生きた参謀たちの実像に迫った『昭和の参謀』を執筆した前田啓介氏のオリジナル論考をご紹介します。

「陸軍大学校卒業者人名表」との出会い

ある日ある所。私は“統制派”の理論的支柱とも呼ばれた陸軍中将、池田純久の娘である池田知加恵さんから池田に関する資料を見させてもらっていた。
「こんなのも興味ある?」
と、知加恵さんから渡された、手のひらに乗るくらいの大きさのそれは、一見、小さなメモ帳のように見えた。何げなくパラパラとめくると、見開き状で、階級別に軍人の名前が並んでいる。30ページほどあったが、すぐに、最後までたどり着いた。服部卓四郎、辻政信、瀬島龍三、堀栄三、八原博通、もちろんこれの持ち主でもあった池田純久、私が本で取り上げた参謀たちの名前が並ぶ。

これは何だ、と表紙に戻ると、「陸軍大学校卒業者人名表 昭和十九年十二月二十日調 参謀本部」とあった。

写真:池田知加恵さん提供

仰々しく「軍事秘密」と書かれてある文字を見ると、随分凄いものを手にした気がしてきた。「よく分かりませんが、貴重なものだと思います」と告げ、「たぶん成績順で並んでいるのだと思います」と推察してみせた。

しかし、これはまったく的外れな予想ではなかった。
後日、知加恵さんから「陸軍大学校卒業者人名表」の画像を送ってもらったことをきっかけに、軍事史の専門家にたずねてみた。

まずは、明治大教授の山田朗さんのところに持ち込んだ。軍事史の権威である山田教授には、これまで仕事で、史料について所見をうかがうことがあり、今回もその知見に頼ることにしたのだ。史料をみた山田教授は「私も初めて現物をみました。貴重な資料です」と、驚いた様子だった。

この「陸軍大学校卒業者人名表」は、その階級に昇任した順(先任順)をもとに陸軍士官学校(陸士)、陸軍大学校(陸大)の卒業時の期や成績、さらに考科表の内容を反映して、付けられた同期内における順位表、いわば“序列”だった。参謀本部が人事の参考として作成したもので、陸軍省、参謀本部、その他の諸機関や部隊の指揮官、幕僚などの選定に使用されたと考えられる。
そして興味深いのは、これが単純に卒業時の成績順になっていないことだった。

軍人にまつわる話の中には、順位を巡る逸話が少なくない。
本書の中では、石原莞爾の陸大卒業時の順位について、大きく分けると6位、7位、13位という説があることを紹介し、どれが正しいのか検証した。

辻についても、順位に関する逸話がある。辻が、名古屋陸軍地方幼年学校に補欠で入ったという説が真実であるかのように伝えられていた。中学校2年生で受験する生徒が多い中、小学校高等科卒業という学歴の珍しさがこの説が唱えられることになった根拠の一つだろうが、実際はそうではない。当時の官報を繰れば、辻の順位が24位であることを確認できるのだ(拙著『辻政信の真実』参照)。

たかが順位、されど順位。順位というのは、人の関心を惹きつけてやまない。
1944年12月の段階ですでに予備役となっていた石原莞爾を除く、本書登場中の、参謀たちについて、この「陸軍大学校卒業者人名表」の序列と陸大の卒業時の成績とを比較してみると、面白いことが分かる。
たとえば、服部の陸士の期は34期だが、山田教授の示唆によって、同時に大佐に昇級した5人を陸大卒業時の期と、その時の成績を考慮し、順に並べてみる。

1.西浦進(陸大42期首席)
2.服部卓四郎(陸大42期恩賜)
3.堀場一雄(陸大42期恩賜)
4.花本盛彦(陸大44期首席)
5.武田功(陸大44期恩賜)

西浦、服部、堀場が上位を占めており、34期の三羽烏と呼ばれたのも納得できる。
ところが、この陸軍大学校卒業者人名表によると、その順番が変わってくるのだ。

1.花本盛彦(陸大44期首席)
2.武田功(陸大44期恩賜)
3.西浦進(陸大42期首席)
4.服部卓四郎(陸大42期恩賜)
5.堀場一雄(陸大42期恩賜)
 
これだと、三羽烏は花本、武田、西浦となる。
陸軍は学校の成績が絶対と感じていた私には、少なからず衝撃だった。
もちろん、成績は大切だ。ただ、序列はそれだけでは決まらなかったということだろうか。その謎というか、疑問を解く鍵は、先ほど少し書いた考科表にあった。考科表については、2006年9月の『防衛研究所紀要』に掲載された論文「旧日本軍における人事評価制度」(石田京吾、濱田秀)がとても詳しい。これはネットでも読むことができる。

そもそも、この論文によって陸軍は「考科」と書き、海軍では「考課」とすることを知った。それにならって、この文章では「考科」を使っている。

 

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