思い通りにならないことがない人なんて、この世にいるのだろうか。
むしろ、思い通りにならないことを抱えながらどう生きていくのか、ということと向き合って人は生きているのではないか。

辻仁成さんによるエッセイ『パリの空の下で、息子とぼくの3000日』は、息子が14歳のときから書き続けた記録をまとめたものだ。辻さんが離婚をした、息子が10歳のときにも遡りながら、絶望の淵にいたときのこと、子供とうまくいかないときのこと、フランスという外国での不安、そしてコロナ……と、様々な「思い通りにならないこと」に直面したときのことも綴られている。

そんな「思い通りにならないこと」や不安を抱いた辻さんの人生を支えたのが、「料理」「食」だ。食べることは命をつなぐことであると同時に、幸せを感じられることでもある。相手への想いを、言葉を超えて伝えられることでもある。息子とのコミュニケーションにも「食」はとても重要なものだ。辻さんの文章からは、食の力や「小さな幸せ」がもたらすパワーが伝わってくる。

そこで本書より特別に「食と人生」をテーマに特別抜粋での短期集中連載が実現。
その第1回は絶望を感じていたときのことから一歩前に進んだ話、そして母から聞いていた教えについてお届けする。

写真/辻仁成インスタグラムより
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ぼくは父であり母であった

1月某日、シングルファザーになった時の絶望感はいまだ忘れられない。あの日から息子は心を閉ざし、感情をあまり見せない子になった。なんとかしなきゃ、と必死になり、どうやったら昔みたいに笑顔に包まれた日々を戻すことができるだろうと考えた。

ある夜、子供部屋を見回りに行ったら、寝ている息子が抱きしめているぬいぐるみのチャチャが濡れていた。びしょびしょだったのだ。ええ?  びっくりして、息子の目元を触ってみると濡れていた。ぼくの前では絶対に泣かなかった。

その時、本当に申し訳なく思った。自分が母親の役目もしなきゃ、と思ったのもその瞬間だった。

ぼくも息子もあまり食べなくなっていた。大きな冷たい家だったので、これはいけないと思い、小さなアパルトマンに引っ越し、びったり寄り添ってあげるようになる。

ぼくの部屋と息子の部屋は薄い壁でつながっていた。がさごそと、いつも寝返りをうつ息子の音を確認しながら、ぼくは眠りに落ちていた…….。ぼくは胃潰瘍と診断され、毎日薬を飲んでいた。体重が50キロを切る勢いで落ちていた。食べなきゃ、と思った。そのためにはおいしいごはんを作らなきゃ、と思った。

毎朝、白ご飯のはいったお弁当を作るようになった。朝弁習慣と名づけた。昼は給食があったので、夜は自然と笑顔が戻るような料理を拵えるようになる。