医師は患者に対し、冷静に接しなければいけない。だが、もし自分の家族が患者になった時、それは可能なのか。在宅医療の第一人者が直面したのは、肺がんに侵され、死へと向かう我が子の看取りだった。
抑えられなかった涙
「肺がん、しかも手術ができない段階と息子から聞かされた時は、涙がとめどなく流れてきました。
息子はまだ43歳で、子供も小学生と幼稚園児なのにどうしてと、置かれた状況を恨むしかできませんでした」
こう語るのは、神戸市の在宅ホスピス「関本クリニック」理事長で医師の関本雅子さん(72歳)だ。彼女は在宅医として、これまで4000人以上の患者を看取っている。
雅子さんは今年4月19日、最愛の息子である関本剛さん(享年45)を肺がんで亡くした。
患者の緩和ケアを専門とする在宅医であった剛さんは一男一女にも恵まれ、2018年には関本クリニックの院長に就任。週末は趣味のフットサルや楽器を楽しむなど、幸せな日々を送っていた。
ところが2019年10月、「1ヵ月も咳が続いている」という理由で受けた検査により、運命は一変する。

「ステージ4の肺がんを患い、脳にもがん細胞が転移している」ことが発覚したのだ。それは、最終ステージのがん患者をケアする「看取り」のプロが一転して、患者の立場に回った瞬間だった。
「カルテの所見には『大脳、小脳、脳幹への多発脳転移』とあったそうです。生命維持の根幹にかかわる脳幹への転移があると、根治は絶望的です」(雅子さん)
実質的な余命を意味する「生存期間中央値」はわずか2年。この日から、剛さんと家族の闘病生活が始まった。