「戦後70年談話」の世界観
日本では、歴史問題もまた安全保障論と同じくアイデンティティ論争になっている。安倍氏は、もちろん自民党右派の代表だから、戦争責任論などでは東京裁判的な歴史解釈に異議を唱えており、その面が世間では強調されている。だが、安倍氏は、高度経済成長を謳歌した自由主義世代の魁でもある。安倍氏の根本的な問題意識は、客観的に「日本は過去において何を間違えたのか」というものだった。
戦後70年談話の懇話会に筆者も参加したが、安倍氏とは、毎回、懇話会が終わった後、1時間ぐらい歴史の議論をさせられた。例えば、先の大戦では日本はインドネシアに攻め込んで、インドネシアの人たちに被害が出た、と指摘される。しかし、安倍氏は「あれはインドネシアなのか」という。「あれはオランダだったではないか。日本が敗北した後、そのオランダは再征服のために軍を率いて帰ってきたではないか。あれは正しかったのか」。この問いには教科書的な歴史認識では簡単には答えられない。
2015年に出した「戦後70年の内閣総理大臣談話」では冒頭で、「百年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、十九世紀、アジアにも押し寄せました」とある。つまり日本が世界に扉を開いたとき、周りは植民地だった、今の世界の民主主義国家群は、実はみな植民地帝国だったと言っているのだ。
日本は負けて太平洋戦争が終わるが、その後にアジア諸国は、自らの力で植民地支配を終わらせた。欧米では人種差別も終わった。安倍氏本人は、左派の歴史家が説くように日本だけが一方的に悪かったという見方には納得していない。
人類社会は、20世紀の100年を通じて変わった。それも良い方に変わった。世界戦争、植民地支配、人種差別、独裁政治など、多くの過ちがあった。人間がみんな自由で平等で、ルールは話し合いでつくるという世界が地球的規模で立ち上がったのは、最近のことだ。その結果、今の世界はある。「自分は、日本の指導者として、この世界を支える」。安倍氏は、そう考えていた。「世界史全体を見よ。100年の歴史の流れの中で見よ」と、70年談話が終わった後、よく口にしていた。