2022.08.06

スパイ出身のプーチンが、ウクライナ侵攻において「決定的に見逃していたこと」

メディアと戦争

メディア研究者で東京大学教授の吉見俊哉氏による『空爆論 メディアと戦争』(岩波書店)が刊行された。吉見氏によると空爆とは殺害の一手段であると同時に、上空から人びとを俯瞰・計測・支配する眼差しでもある。そして、戦闘機やドローンの登場といった技術の変化とともに、こうした眼差しのあり方や「人を殺すことのリアリティ」の変容が生じてきたのだという。

以下では、同書より、ロシアによるウクライナ侵攻を情報環境の変化という視点から読み解いたパートの抜粋をお届けする。

「スパイ」と「俳優」の間にあるもの

両世界大戦期と21世紀では、「戦争」の概念やそれを取り巻くメディア─技術的環境が根本から変わってしまっているから、かつての戦争観を今更のように持ち出してきてその「正当性」を押し通そうとすれば、どれほど強力な独裁者でも歴史によって厳しい判定が下されることになる。

ウクライナへの軍事侵略をめぐる様々な報道を通じて明らかになっていったのは、ウラジーミル・プーチンが徹頭徹尾旧KGBの冷徹なスパイであったこと、1990年代の大混乱後、2000年代以降のロシアを見かけの上で立て直したのは、そうしたKGB的な論理を徹底させることによってだったという陰鬱なる事実だった。

〔PHOTO〕Gettyimages
 

実際、プーチンは大統領就任以降、一貫してロシア国内の情報統制を強化してきた。政権はテレビ局の経営を事実上支配し、放送から政権批判を一掃する。リベラルなネットメディアを「外国勢力の手先」と名指しし、存続の危機に追い込んでいった。さらに、政権批判を続ける記者を様々なルートを使って殺害することも厭わなかった。こうして2006年には、ノーバヤ・ガゼータ紙の記者でプーチン政権批判を続けてきたアンナ・ポリトコフスカヤが射殺された。

この強権的で抑圧的な体制は、彼がクリミア半島の一方的併合を行う2010年代半ば以降さらに激しくなり、2017年には政権に不都合なNGO等を「外国の代理人」に指定して監視・規制を強める対象をメディアにも拡大、19年には政府がネット通信を一元管理できる「主権ネット法」も施行された。

そしてウクライナ侵攻後、22年3月4日には、ロシア軍の活動について当局が「フェイク」と見なした情報を報じた記者に最長15年の禁固刑が科されることになり、ロシア国内のメディアは当局の発表以外の情報を報じることがほぼ不可能になった。ここに貫かれているのは、情報は統制・操作されるものであるという信念である。

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