維新と橋下徹をどう考えたらいいのか…実は「維新」出身のボクが明かそう《田中康夫・浅田彰対談》

「憂国呆談」第2回(中)
田中康夫氏が2016年の参院選に「維新」から出馬していたことは、彼にとってもはや「黒歴史」だという。今回の参院選でも一定の躍進をした維新の会と橋下徹、松井一郎、吉村洋文といった面々を田中氏と浅田彰氏はどう見るのか? 連載「憂国呆談」第2回の中編です。

前編もあわせてお読みください)

なぜ立憲は凋落したのか

田中 「自民大勝」「立憲惨敗」となった今回の参院選全国比例での各党の相対得票率を「みらい選挙プロジェクト」の三春充希が表にしていて興味深い。

昨年10月の衆院選の全国9比例区と今回の全国比例得票数を比較すると自由民主党(-0・23)、公明党(-0・72)、日本共産党(-0・43)と微妙に減少している。伸びたのは日本維新の会(+0・79)、国民民主党(+1・45)、れいわ新選組(+0・51)、社会民主党(+0・60)、NHK党(+0・97)参政党(+3・3)。

ところが立憲民主党だけは何と-7・23。総選挙では1149万票(得票率20・0%)、参院選では676万票(12・8%)。枝野幸男の言葉を借りれば「ただちに影響はない」どころの話じゃない(3年前の参院選との比較はこちら)。

浅田さんが述べた「自由民主党が自由党と民主党に分かれ、民主党が野党の中道左派を取り込むような形で、英米型二大政党制の構図」は、単独政権を38年間維持し続けた自民党に代わって1993年に誕生した細川護熙政権で一度は生まれたんだよね。細川は朝日新聞記者から自民党参議院議員、熊本県知事を経て日本新党を立ち上げた。

その後、永田町の政権は自社さ、自自公、自公と変遷する一方で、小沢一郎の自由党と菅直人の民主党が2003年に合併。2009年に鳩山由紀夫内閣が誕生する。その立役者は小沢一郎と鳩山由紀夫という自民党出身の2人だった訳で、社会民主連合出身の菅直人、日本新党出身の前原誠司、野田佳彦、枝野の陣容では到底、政権交代は実現しなかった。

ところが、菅直人政権で官房長官を務めた日本社会党出身の仙谷由人を始めとする面々は「排除の論理」で鳩山と小沢を追い出してしまう。

更に維新の党と民主党が合体した民進党は、希望の党騒動で分裂。立憲民主党が結党された。1993年の細川連立政権以降の離合集散はウィキペディアで確認しないと間違えちゃうくらいに複雑だけど、明確に言えるのは、有権者という人間の希望に立脚する政治でなく、団体・組合という組織の都合に立脚する政治だったと。政治や行政に携わる者は、パブリック・サーヴァントという公僕で、首長や首相はサーヴァント・リーダーという指導者なのにね。

立憲の泉健太代表 Photo by GettyImages

浅田 振り返ってみると、田中さんが出馬して、立憲民主党推薦・日本共産党支援の山中竹春が当選した2021年8月の横浜市長選は、たんなる傍観者だったぼくの目から見ても、その後の衆院選や参院選を予告するようなところがあった。自民党が林文子(前市長)と小此木八郎(菅義偉前首相が支援)に分裂したってことはあるにせよ、組織をもたない田中さんが2213票差と現職市長に肉薄したのは見事だったけど。

田中 市長選の2ヵ月後に実施された昨年10月の総選挙も、今回7月の参院選も、立憲と共産は横浜市内で大きく後退している。

「負けて兜の緒を締める」べき僕が喋るのもなんだけど、前回の補足として総選挙の神奈川県第8区(田園都市線沿線の横浜市青葉区と緑区の全域、並びに都筑区の一部)の結果に触れておこう。

現在も立憲の代表代行を務める江田憲司は4年前の2017年の総選挙よりも得票率を減らした。共産党が候補を擁立せずに「野党共闘」で江田を支援し、投票率も6%上昇したのに、共産の候補と競い合った前回の2人の合算より1万票も減らしている。有権者というのは意外と見ているんだよね。

 

そうして今回の参院選でも神奈川県選挙区で両党は低迷し、2人擁立した立憲に至っては最終盤で「一本化」ならぬ1人の候補者を切り捨てる決定を党本部と県連が行い、「リッカル=立憲カルト」と呼ばれる一部の熱烈な支持者以外の多くの人々から呆れられた。

その立憲と共に市政「与党」の座を獲得した共産党市議団が、全戸配布に近い具合で市民アンケートを実施したら、山中市長の仕事ぶりに関して「期待した通り」と回答したのが僅か11%だったのが話題となっている

立憲を創設した枝野が「れいわ とか あんなもん 野党じゃない」と大宮駅前で絶叫している街頭演説の動画も話題となった。立憲の未来は「ただちに影響はない」を超えてしまったなぁ。

ちなみに江田は2015年5月に「大阪都構想」という羊頭狗肉なネーミングの「大阪市における特別区の設置についての投票」が実施された際、「維新の党」代表だった人物だ。(共同代表を務めていた橋下徹は大阪市長として「住民投票」に集中するという理由で実施1年前に共同代表を辞任している)。

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