新種発見か!? 海で、見たこともない生物を見つけたら 〔分類学者の仕事の流儀〕

分類学に人生を捧げてきた学者の日常

分類学と聞くと、ちょっと地味な学問というイメージを持っている人も多いかもしれない。だが、じつは分類学は「すべての生物学の土台となる学問」であり、分類学を知ると「この世界の見え方まで変わる」のだという。

分類学の魅力が語りつくされた岡西政典氏の『生物を分けると世界が分かる』(講談社ブルーバックス)から、その一部をお届けする。

クモヒトデという奇妙な生物に惹かれ、これまで20種以上の新種を報告してきた岡西氏だが、いったい新種とはどのように発見されるのだろうか。分類学者の日常を覗いてみよう。

釧路から、いざ出航

「船に乗る」と聞いて多くの人が思い浮かべるのは、旅客船や、もしくは漁船かもしれない。どちらも私たちの日常生活に馴染みのある船だ。旅客船で旅をしたことのある人もいるだろうし、いつも私たちの食卓に並ぶ魚は、漁船に乗った漁師が獲ってきたものだ。

2020年8月に私が乗った船は、このいずれとも異なるものだった。総重量1635t、全長66m、定員41名。豪華客船とまではいかないものの、一般的な漁船と比べても遥かに大きく、さまざまな漁具や探査機器を搭載し、日本近海を所狭しと航行するその船の名は「新青丸」。海洋研究開発機構の擁する「調査船」である。

世界を騒がせたコロナ禍の、日本での第2波真っただ中。私はこの船に乗るために、神奈川県からこのとき新青丸が停泊していた北海道の釧路に飛行機で移動し、PCR検査を受けて陰性の確認をする必要があった。

通常であれば出港当日、もしくは前日に出港地に移動するものであるが、このときは出港の3日前に釧路に入り、隔離のため、スーパーでの買い物以外、ホテルから一歩も出ず出港当日に港までタクシーで向かうという念の入れようであった。

【写真】釧路港釧路港の風景 写真:gettyimages

なぜそこまでしてその船に乗りたかったかと言えば、5日間かけておこなわれる北海道の南沖の深海生物の採集調査に参加し、最大3000mを超える水深の海底から生物を収集するためであった。

未知なる生物、発見か?

晴れて乗船がかなった私を待っていたのは、息もつかせないペースで次々に海中に投入される底曳網、そしてその網によって海底からすくわれ、デッキに上がってくる泥と生物だった。ここから私がより分けるのは、私が専門としているクモヒトデと呼ばれる海の無脊椎動物だ。深海に網を下ろすと、かなりの数のクモヒトデが採取できる。網にはクモヒトデがびっしり張り付いているといっても過言ではない。

泥にまみれたこのクモヒトデをより分け、のちの研究に堪えうる状態に保存するのが私の船上での主な仕事だ。それが科学的にどんな価値があるかは、研究室に帰っての「お楽しみ」ということになる。

しかし、そのときの調査は少し違っていた。5日間の最後に上がってきた投網によって採集された生物の中に、私は奇妙なクモヒトデを目にすることができたのである。一目見たときの印象は「分からない」であり、次に湧き起こった感情が「面白そう」であった。私はここ10年の間に、20に及ぶ新種を発見してきた。そのために、相当数のクモヒトデを観察してきた自負がある。しかし目の前の生物は、これまで私が目にしたことのないクモヒトデだったのだ(写真)。

【写真】奇妙なクモヒトデ網にかかっていた奇妙なクモヒトデ。北海道沖で採集されたクモヒトデは、これまでに筆者が見たことのない種だった 撮影:松尾拓己(東京大学)

後にそれは、日本の海では存在が確認されていなかったオフィオモナス(Ophiomonas)という類のクモヒトデであると判明する。しかしそれを初見で見抜けなかった私は、他に混獲される深海性のクモヒトデに比べると腕から生えている棘(とげ)があまり長くなかったり、腕自体が短い、というような特徴に強烈な違和感を覚えたのである。「これは未知なる生物の発見かもしれない」と直感した。

深い深い海の底を探ってきたであろう間口2mに達する大きな網の中で、数百と得られた他のクモヒトデに混じり、たったの5個体しか獲れていなかったことも私の興味を引いた。一も二もなく私はそのクモヒトデを集め、船上で丁寧に処理してから、神奈川県三浦市三崎町にある私の研究室に持ち帰った。

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