「いい道具は、料理をらくにしてくれます。そして楽しくしてくれます。しなくては…ではなく、したいと思わせてくれる力があります」
今から20年ほど前に有元葉子さんが刊行した著書「有元葉子の道具選び」にある言葉だ。

道具のよしあしは「使いやすさ」「洗いやすさ」「美しさ」にあるという。極めてシンプルだ。だがこんなにもシンプルなのに、これというものになかなか出合えないことが多い。
たとえば有元さんにとって、台所に欠かせないキッチンボウルがその一つだった。

「有元葉子の道具選び」の本の撮影をしていた時のことだ。この本は有元さんが使う台所道具を、それがよいと思う理由と共に紹介する。そこで台所にあったボウルを撮影しようとしたら、「これはダメなの」と言われた。たくさんあるのに紹介できないという。理由を尋ねると、「納得できていないから」と答えた。

台所道具のよしあしは「使いやすさ」「洗いやすさ」「美しさ」にある、と有元さん。
 

持ちにくい。洗えない。

納得できない理由について有元さんはこう話した。
「使っているとなんだか疲れてしまって。ボウルを使う時って泡立てたり、練ったり、力を入れる作業が多いでしょう。だからボウルをしっかり押さえるための縁が必要なんです。でもそのボウルには縁がありませんでした。それで持ちにくくて肩に力が入って凝っていたのかもしれませんね。ほかの縁付のボウルも使ってみましたが洗いにくいのです。縁が裏側に織り込まれていて、汚れが溜まりやすい構造になっていました」

縁が裏側に織り込まれていると汚れがたまりやすい。

*写真はla baseの商品ではありません。

デザインで有名なボウルは持ちにくくてくたびれた。他のボウルは材質やデザイン、お手入れの点で不満が残る。掃いて捨てるほどボウルを売っているのになぜ使いやすく、洗いやすく、美しいものが見つからないのだろう。有元さんは製造業のプロの方にも話を聞いたという。
「ボウルの材質であるステンレスは、薄ければ強度が不足するし、厚ければ重くなります。縁を織り込むと洗いにくくなるからといって、切りっぱなしにすれば剃刀のようになって危ない。ボウルの形ってシンプルに見えますが、すごく難しい仕事なんだということがわかりました」。
そんな流れの中で「キッチン道具を作りましょう」という話が持ち上がった。それが有元さんが道具作りを始めたきっかけとなった。