脳卒中からの社会復帰…有名実業家が提言する「生きやすい社会」

障害が「生みだされて」いる

脳卒中で倒れ、歩くことも、言葉を発することもできなくなってしまった出口治明氏。それでもなお、悲観的になることなく「立命館アジア太平洋大学(APU)」の学長に復職するためチャレンジを続けようと考えたのはなぜか?
強靭な精神力で、長きにわたるリハビリに取り組み病気を克服。発症からおよそ1年3ヵ月後、ついにAPU入学式の祝辞に登壇し現場復帰を飾る。

1年3ヶ月ぶりの復帰

2022年3月下旬、僕は電動車いすに乗って、別府のAPUキャンパスへ復帰しました。およそ1年3ヵ月ぶりです。

多くの教職員の出迎えを受け、僕が不在の間、学長代行を務めてもらった米山裕(ひろし)副学長から復帰祝いの花を手渡されると、目頭に熱いものがこみあげてきました。

そして4月1日、APUは「2022年春入学式」を行い、新たに918名の入学者を迎え入れました。

入学者の内訳は33ヵ国・地域出身からなる学部生が国内学生675名、国際学生219名。16ヵ国・地域出身の大学院生が国内学生1名、国際学生23名です。また、交換留学生・科目等履修生の受け入れ数は18ヵ国・地域から国内学生45名、国際学生35名の計80名となっています。

この入学式で、僕は次のように祝辞を述べました。

祝辞
皆さん、入学おめでとうございます。心から歓迎いたします。
僕は、去年、脳出血で倒れましたが、早く別府市で皆さんと会いたい想いで、この1年間リハビリをがんばってきました。
今日、別府で皆さんに会えることを心待ちにしてきました。
ぜひ、皆さんは、APUでたくさんの人と出会い、本を読み、広い世界を旅して、いろんなことにチャレンジしてください。
僕もチャレンジを続けます。いっしょにチャレンジしましょう。
世界に平和な一日が一刻も早く訪れますように。
2022年4月1日 立命館アジア太平洋大学学長 出口治明

祝辞の内容はAPUのスタッフと一緒に考えました。実は久しぶりの登壇であがってしまい、言い忘れてしまったところがあるのが残念でした。しかしリハビリの甲斐あって、1年と少し前は「あー」とか「はい」くらいしか声を出せなかった僕が、大勢の聴衆の前でこれくらいしゃべれるようになりました。

 

障害が「生みだされて」いる

突然の脳出血で右半身の麻痺と言語障害が出て、リハビリ生活を送った経験から僕が学んだこと、はじめて気が付いたことはたくさんあります。今後はこれらについて世の中に発信し、問題提起をしていこうと考えています。

身体に障害が出ると肉体的に以前と同じようには動けなくなりますが、障害者の制約となるのは個人の身体機能だけではありません。バリアフリーの不備をはじめ、社会や環境の在り方によってもさまざまな「障害」が生みだされてくるのです。

たとえば出勤のため、車いすで山手線を利用するとしましょう。山手線の車両は11両編成で、各車両には片側4つの乗降口がついています。

つまり、11両×4つで合計44の乗降口が駅に着くと開閉しますが、駅職員の介助なしに車いすの乗客が自力で乗り降りできるのは6号車と7号車の4番ドアのわずか2ヵ所しかありません。車両と駅プラットフォーム間のすき間や段差といった問題があり、その対策が必要だからですが、車いすの使用者は移動が制限されてしまいます。せめて自力で車いすが利用できる乗降口を2倍の4車両とし、いずれは10車両へと拡大してほしい。赤ちゃんも同じことです。

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