2022.08.05
# ライフ

アスペルガー症候群の夫と結婚生活を送る「カサンドラな妻」が“3つの絶望”を経験して初めてわかったこと

仁科 友里 プロフィール

「共感される」とはどういうことなのか

葉月さんが「共感のない生活」に苦しめられていることは、はたで見ている私にもよくわかった。その一方で、私自身が「共感される」とはどういうことなのか、よくつかめていなかった。というのは、私は極端に共感性の薄い親に育てられたからだ。

たとえば、仕事からの帰宅途中に電車が人身事故で止まってしまったとする。こういう時、多くの場合、家族が迎えに来るか、それが無理だとしても帰宅したら「疲れているのに、大変だったね」という慰めの言葉をかけるものではないだろうか。

私の家にはそれが全くなかった。「そんな電車に乗っていたおまえが悪い」と責められ、車で迎えに来てもらおうものなら、翌日には「おまえのせいで睡眠不足」と文句を言われ、タクシーで帰宅しようものなら「オンナが一人でタクシーに乗ったら、何をされても文句は言えない」とまで言われた。毒親は「いいこと」に対しても共感性が低い。

私はブログから書籍デビューを果たしたが、親は「詐欺だ」と取り合わず、小説で賞をもらった時も「おめでとう」とか「がんばった」というような言葉をかけられることは一度もなかった。こう書くと、非常識で冷血な人たちに思えるだろうが、彼らは他人サマに対しては、かなり共感的である。

 

なぜわが親は子供にだけ共感しないのか、そもそも学問的には共感とは何を指すのか、共感性は高ければ高いほどいいのかと調べはじめたところ、共感とは先天的に備わっておらず、主に親子のように1対1の環境で育まれる感情であることに加え、いくつかの“罠”もあることがわかった。

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